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シリーズ:Autumnal leaves
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Autumnal leaves

作者:エルス

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

     OLの貴子は、疲れた心と身体で帰途につく。毎日そんな繰り返しだったが、ふと入ったバーでカクテルを飲む内、気持ちが優しくほどけていく。人生そのもののような、おいしいカクテルと過ごす夜……。
     いろいろ毎日が辛かったので、去年の実体験をもとに書いてみました。ほんとはコンビニで酒買って家で飲んでたんですけど……。ハイボールはニッ○が好きです。


    登録ユーザー星:7 だれでも星:4 閲覧数:477

    Autumnal leaves 8913文字

     

     最後に笑ったのは、いつだったろう。


     机周りの片付けを終えたのは、いつも通り夜中だった。時計を見る気にもならない。どうせ九時を過ぎている。
     今から早足で駅に向かって、間に合ったとしても一番早い電車は二四分発。ぎゅうぎゅうのすし詰め状態という苦行の果てに、降りる駅に着くのが三十分後。さらにアパートまで歩いて五分。風呂に入ったり着替えたり寝支度をしたら、何だかんだで十一時になる。
     休みまでが一番遠い月曜日、繁忙期の今はこんな生活が一週間続くと思うだけでうんざりする。
     貴子は重い足取りでオフィスを出た。鞄までがずっしりと腕に食い込む。エレベーターが四階から一階へ下りるまでの間、五回も溜息をついてしまった。幸せが逃げるというが、逃げるような幸せがいったい今の自分に残っているのだろうか。
     大不況のこの時代、食があるだけ幸せだと周囲は言う。だが、仕事があって幸せのはずの人間が毎週次々と自殺するのはなぜなのか。甘えているからか、だとしたら、心の病も所詮甘えか。
     価値観も何もかも違う人間同士の、幸せというものすら相対評価で測ろうとするのは間違っていると貴子は思う。
     いらいらしながら歩く道には、しかめ面をした人間ばかりが歩いている。恐らく、自分も同じ顔をしているのだろう。
     早く帰りたい。けれど帰ったところで、何をする時間もなく寝るだけだ。目が覚めたらまた仕事だから、気持ちはちっとも休まらない。睡眠は身体を癒やすためのものであるはずなのに、少しも疲れが取れた気がしない。
     こんなことがこの先ずっと続くのか、そう考えるだけで目の前が真っ暗になる。
     だからといって、他の選択肢など恐ろしくて手を出せない。
     溜息でもつかなければ、そんな気持ちが身体の中でどんどんたまってパンクしそうだ。
     貴子はまた、深く溜息を吐き出した。
     このまままっすぐ帰る気がしない。
     誰も待っていない真っ暗な部屋は、確かに彼女の城だけれども。
     ふと辺りを見回すと、飲み屋が多い界隈まで来ていた。あまり店で飲むことはないが、彼女は相当酒に強い。それに好きでもある。
     酔っ払った中年男の集団や、騒がしい若いOLのいないような店を探す。静かに呑みたいのだ。ほんの一、二杯でもいい。
     酔客がうろつく表通りから、一本奥へ入る。街灯は充分に設置されているのに、人の気配が少ないせいで急に暗くなったように思えた。
     そんな通りの入り口、古めかしい木の扉のこぢんまりした店の看板が貴子の目に留まった。
    『Autumnal leaves』
     流麗な飾り文字で、そう書かれていた。Autumnal leaves――紅葉。
     めずらしい名前が気に入って、貴子は扉を軽く軋ませ、中へ入った。
     薄暗いけれどいかがわしくない、しっとり落ち着いた空気が控えめな音楽と一緒に彼女を出迎えた。
    「いらっしゃい」
     カウンターの中でシェイカーを振っていた初老の男性が、優しい声で短く言った。
     客はそう多くなかった。カウンター席に若い男性が一人、ボックス席はぽつぽつと埋まっているようだが、ソファーの背が高く照明も弱いのでよくわからなかった。
    「どうぞこちらへ」
     マスターが、カウンターの中央の関を示す。少し迷ったが、貴子はそれに従った。
    「最初の一杯はいかがいたしましょうか」
     綺麗に文字が印刷されたカードを取って、読む。カクテルだけではなく、サワーやチューハイ、ソフトドリンクもかなり豊富に揃っている。値段も手頃だった。
    「そうね……」
    何度か視線をその上で遊ばせて、目を止めたのは。
    「じゃ、ハイボールお願いします」
     かしこまりましたと言って、マスターは手際よくグラスと氷、ウィスキーとソーダを捌き始めた。
     カクテルなんて、あまり飲まない。種類もよく知らない。酒は基本的に、酔えればいいと思っている。そんな貴子が唯一本当に好んでいると言えるのがハイボールだった。
     甘すぎずに辛すぎない、けれどしっかりと存在感がある。
     何とも表現しがたいその味が、彼女は好きだ。
    「お待たせいたしました」
     氷を浮かべたグラスに、薄い琥珀色が満ちている。小さく礼を言って、貴子はゆっくりとそれを口に流し込む。
     甘くない。
     辛くも、ない。
     硬質で、本当に透明な。
     まろやかに味覚を満たして、身体の中に入ってくる。
    「……おいしい」
     店で作ってもらったというだけで、こんなに違ってくるものなのだろうか。
     しみじみとグラスを揺らし、貴子は二口目を大切に迎え入れた。

         *

     貴子は週末まで、ほぼ毎日『Autumnal leaves』に通った。女の一人暮らし、服や化粧品に過剰に金をかける質ではないから、貯金も余裕がある。少し高級な酒を雰囲気のいい店で楽しむくらいは何でもない。
     不思議なもので、まっすぐ帰るより遅くなっているのは確かなのに、時計の針が深夜を指しても苛立つこともないし、次の日を考えて気が滅入ることもなかった。
     それどころか、十二時近くにベッドに入っても翌日の目覚めは爽快だった。
     あの店の酒はおいしい。特にハイボールは。
     けれど、たったそれだけのことでこうも変わるのだろうか。
     貴子が『Autumnal leaves』へ足を向けるのは、その謎を解くためでもあった。
    「いらっしゃいませ」
     マスターが、いつもの穏やかな声で貴子を出迎える。彼女はいつも通り、カウンターに座った。
    「ハイボールをお願いします」
    「かしこまりました」
     本当は、こんな本格的な店でハイボールのような気軽な酒を頼むのは無粋なのだろう。けれど、一杯目はこれと何となく決めた。
     やはり、好きなのだ。
     甘くもなく、辛くもない、硬質にとろりと舌に馴染むあの味わいが。
     マスターが注文の品を作る音を聞きながらふと周囲を見回した貴子の目に、かなり離れたカウンター席の男が飛び込んできた。
     テーブルに突っ伏して、かなり酔っているようだ。くたびれたコートを羽織ったままの肩は、それとわかるほどぐんなりと力が入っていない。眠ってしまったのだろうか。
     顔が見えないので確かなことはわからないが、貴子と同い年か、少し上か。勤め人なのは間違いなさそうだ。
    「お待たせいたしました」
     マスターの声ではっと我に返る。目の前に置かれたグラスに礼を言い、口をつけた。
     おいしい。
     今日も、来てよかった。
    「昨夜は、電車のお時間は大丈夫でしたか?」
     だいぶ親しくなったマスターは、さりげなく尋ねてくる。帰り際に終電に間に合わないかもと騒いだのを気にしてくれていたのだと、嬉しくなった。
    「ええ。ご心配おかけしました。ここからだとそれほど遠くなかったんですね。何とか乗れましたよ」
    「それはよかった」
    「今日は金曜日だし、もう少しゆっくりしてもいいかなぁ」
     忙しいとはいっても、週休二日は保証してくれる会社だ。明日が休みだと思うと、酒の味も格別に感じる。
     今週もよく頑張った。お疲れ様。
     心の中で言って、自分に乾杯しながら二口目を飲もうとして。
     乱暴な音が、せっかくのいい気持ちに皹を入れた。
    「会計」
     あの男だった。目つきが完全に酔っ払いのそれだ。反射的に貴子は顔を背ける。
    「ありがとうございました。またのお越しをお待ち申し上げております」
     おつりと一緒に寄越されたマスターの丁寧な挨拶を、男は荒々しくむしり取って出て行った。
     相当飲んでいた様子だ。それも、いいことがあったときの飲み方ではない。
    「お替わりをお作りしますか?」
     何事もなかったかのように、マスターは戻ってくる。口を開きかけたが、この人に言うべきことではないと思い直した。
    「ええ、じゃあ……カカオ・フィズを」
     クレーム・ド・カカオとレモンジュース、ソーダ水と砂糖、レモンスライスをベースのリキュールと混ぜて作るカクテルだ。カカオとつくくらいだし、リキュールベースなのでやや甘い。けれどさっぱりした酸味のおかげで、口当たりがいい。
     今日のような夜にはぴったりだ。
     今週は総じて大きな失敗もなく、部署でのトラブルもなかった。忙しいだけで平和な週だったと言える。
     明日と明後日の休みは、何に使おうか。部屋の掃除などの家事もしなければならないが、のんびりと自分のために時間を使いたい。
    「お待たせいたしました」

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    コメント

    • ドラマチックですね。うっとりと読ませていただきました。
      お酒が飲みたくなってきましたよ。
      (私も三十路です)
      もう、ファンになりました。
      素敵作品ありがとうございました。
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    •  Σ(゜□゜)まさかのこっちに感想が!? ありがとうございます。酒はいいですね。最近呑んでないなぁ……。三十路仲間ですか(´ー`)。ありがとうございます。
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    •  感想ありがとうございます。
       いや、ほぼ私小説でお恥ずかしいです。小説は結局、自分の思ったこととか経験したことをいかにうまくまとめるかの集大成だと思うので、辛いことがあっても「あとで小説にしてやる」と考えるようにしています。
       読んでくださって、ありがとうございました。
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    作者紹介

    • エルス
    • 作品投稿数:5  累計獲得星数:197
    •  八谷響のPNで(株)パブリッシングリンク「ルキア」よりデビューしました。最新作BL「これが、愛」はいるかネットブックス様より配信中です。活動内容・通販情報はブログでご紹介しています。
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      くまの王国:http://kumakingdom.blog.fc2.com/

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