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シリーズ:さかなびとの恋
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さかなびとの恋

作者:河東 ちか

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    人間に助けられた人魚のお話


    登録ユーザー星:21 だれでも星:2 閲覧数:1003

    さかなびとの恋 7868文字

     

     えなは急に恐ろしくなりました。さかなびとのなかにも色々な者がいるように、つちびとのなかにも色々な者がいるはずです。出会う者全てが、あの青年のように優しい者だけとは限らないのです。
     起き上がれずにいるえなを見て、そのつちびとははっと息を呑みました。提灯の明かりでおぼろに見えるのは、整った顔立ちをしたつちびとの若者でした。「きもの」を羽織り、砂浜の上でも器用に二本の脚を使って近づいてきます。
     えなは、自分の体にはもう、一枚の鱗もついていないことを思い出しました。さかなびとの姿ではまったく気にならなかったのに、体を覆うものを身につけていないことを恥ずかしく心細く感じるのはなぜなのでしょう。
    「若い娘じゃないか……船から落ちて流れ着いたのか? 怪我はないか?」
     青年は気遣うようにそう言うと、自分が羽織っていた「きもの」をえなの体にそっとかけてくれました。
     不安で一杯だった胸の中に、ふんわりと温かい光が灯ったのを、えなは感じました。それは、えなが海の底であの優しい青年を思うときに感じたものと、同じ光でした。

     青年の名前は誠吉といいました。
     動けないえなを抱きかかえ、誠吉が屋敷に帰ると、家の者は驚きながらも親切にえなを迎えてくれました。特に親切にしてくれたのは、誠吉の母親でした。
    『なにを聞かれても、名前以外はなにもわからないと答えるんだよ。海に住んでいたさかなびととばれたら、捕まって喰われてしまうからね』
     婆様にそう言われていたので、えなは名前以外はなにを問われても答えませんでした。実際、つちびとの歩き方も、ものの食べ方も、えなにはわからないのです。
    「船から落ちた恐ろしさで、いろんなことを忘れてしまったのだね。かわいそうにね」
     ただ首を振るだけのえなの手を、誠吉の母は優しく握ってくれました。
     誠吉と、その屋敷の者たちの世話を受けて、えなはゆっくりとつちびとの生活に慣れていきました。誠吉の親は、浜で一番力のある網元です。誠吉の家族に大事にされるえなを、浜の人たちも皆親切にしてくれました。
    「えなが来てから、魚が前よりもよく捕れるようになったんだ。えなは海の神様に気に入られてるのかも知れないな」
     歩く練習をするえなに付き添いながら、誠吉が笑顔で話してくれるのは、嬉しいけれど少し胸が痛みました。兄弟である魚達が、えなを気遣って、様子を見に陸に近づいてきているからだとわかるからです。
     えなが不自由なく歩けるようになると、誠吉の母は屋敷の中の仕事を教えるようになりました。素直なえなは、教えられることに面倒がらずに従い、よく覚えました。
    「まるで娘ができたようだよ。えなは器量だけじゃなく、心もほんとうによくできた娘だね」
     誠吉の母が喜んでくれると、えなも幸せな気持ちになりました。
     月が欠け、再び満ちた頃には、えなは砂の上でも上手に歩けるようになっていました。月明かりの中、海から声が聞こえた気がして、えなはひとりで、自分が初めて陸に上がった砂浜に向かいました。そこでは、兄弟達と一緒に、さかなびとの姉さまたちが水面に体を浮かべて待っていました。
    「えな、そんな醜い姿になってしまってかわいそう」
    「もう陸にいられないと思うくらい辛い思いをしたら、これを使いなさい」
    「婆様にお願いしてもらってきたの。海に戻りたくなったら、それを使ってつちびとの男など殺してしまうのよ。そうすれば、また美しいさかなびとに戻れるわ」
     兄弟達が波打ち際まで運んできたのは、魚の骨と珊瑚でできた短刀でした。
     えなはもう、つちびとの体を醜いとは思わないし、辛いこともありません。でも、自分を案じる姉さまたちの気持ちも嬉しいことです。えなはお守りとして、その短刀を持ち帰りました。

     えなはだんだんと、屋敷の奥様しかできない大事な仕事も教えられるようになりました。奥様とはもちろん、誠吉の母親です。
    「えなが来てから、不漁の時が一度もない。漁以外の商売もとても順調だ。誠吉も真面目に働くようになったし、みんなの心もまとまって、なにもかもがうまくいっている」
    「無事にこの浜に流れ着いたことといい、えなには海神様のご加護があるに違いない」
    「えなをぜひ、誠吉の嫁に迎えたいものだ。網元が安泰なら、自分たちも安心だ」
     誠吉の家族や親戚達の口からも、そんな言葉が出てくるようになりました。
     奉公人も村人達も、二人を温かく見守ってくれます。えなは毎日が、とても幸せでした。
     ただ、悪いことが全く無いわけではありません。
     誠吉と浜を散歩していると、こんな光景に出くわしたのです。
    「いい加減、教えておくれよ。兄さんはどこに行っちまったんだよ」
    「サヨ、何回も答えただろ。俺達は知らないよ」
    「兄さんをどこに隠したんだよ、返しておくれよ」
     誠吉とよく一緒の船で漁に出る男達に、娘が食ってかかっているのです。娘の目はぎらぎらと鋭いのですが、着物は粗末で髪もぼさぼさです。困った様子の男達がなにを言っても、娘は聞く耳を持ちません。
    「ああ、サヨはかわいそうな娘なんだ」
     怯えて自分の背に隠れたえなを気遣い、その場を離れながら、誠吉は気の毒そうに言いました。
    「えなが村に来るちょっと前に、サヨの兄がいなくなってしまったんだよ。サヨはだんだんおかしくなって、最近じゃ昼夜構わず村のあちこちの家に行って、兄を帰せって怒鳴ったり泣いたりしている。俺達も漁の合間に探しているんだが、ひょっとしたらサヨの兄はひとりで夜釣りにでも行って、間違って海に流されたのかも知れないな」
     えなは、婆様の洞窟で見たつちびとの死体のことを思い出しました。ぐるぐると巻かれた海草の合間からのぞく、もう動かない指先。
     あれがサヨの兄だとしたら、もう返してあげることはできません。あのつちびとは、えなの脚の材料になってしまったのです。
     えなは陸に上がって初めて、悲しい気持ちになりました。えなの今の幸せは、サヨの不幸の上にあるのかも知れないからです。
    「えなは本当に優しい娘だな。大丈夫だよ、サヨの兄さんが戻らなくても、村のみんなでサヨの家族を面倒みてやろうって話になってるんだ。えなは心配しないで、おれ達と……おれとずっと一緒にいてくれればいい」
     そう言って、誠吉はえなの体をぎゅっと抱きしめてくれました。
     それは、誠吉からの結婚の申し込みでもありました。えなの心は、サヨを心配する気持ちをあっというまに塗りつぶすほど、幸せでいっぱいになりました。
     もしあのつちびとの死体がサヨの兄だとしても、それを誰にも話すことはできません。
     それなら、自分はサヨのためにも、誠吉と誠吉の家族と共に幸せになろう。そして、みんなと一緒にサヨの家族を助けていこう。誠吉の腕の中で、えなは心からそう思いました。

     村にとってとても良い年でした。漁だけでなく、稲も畑も豊作です。まるでえなと一緒に、あらゆる福の神が村にやってきたかのようです。
     村が冬の支度に取りかかる前、えなと誠吉は祝言を挙げることになりました。
     つちびとの親は、娘を嫁に出すときは、真っ白な着物を着せ、守り刀を持たせるのだそうです。もちろん、えなにそんなことをしてくれる親はいませんから、誠吉の家が必要なものをすべて用意してくれました。
     ただ、守り刀と聞いてえなが思い出したのは、さかなびとの姉さまたちがくれた、魚の骨と珊瑚でできた短刀でした。もう会うことはないけれど、えなを心から愛してくれている、大事な家族からの贈り物です。
     いつの間にこんなものを手に入れたのか、誠吉も誠吉の母も不思議そうにしていましたが、
    「えなは、海神様に守られた娘だものね」
     それ以上深くは聞かず、珊瑚の短刀の為に、美しい刀袋を作ってくれました。
     祝言の日はとてもよく晴れていました。招かれた者たちは、緊張気味の花婿と、白無垢の美しい花嫁が祝言の盃を交わすのを、温かく見守ってくれました。
     えなはとっても幸せでした。さかなびとの姿を捨て、大事な記憶を差し出して、つちびとして陸に上がった、その全てが報われた瞬間でした。

     そのとき急に、屋敷の外が騒がしくなりました。悲鳴が上がり、乱暴な足音が祝言の行われている部屋に向かってきました。

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    コメント

    • 感想を書くとどうしてもネタバレになってしまうなぁ~と躊躇していましたが、読んだ感想(二回読みました)はやはりとても切なくなりました。人魚の話には思い入れがありまして、高橋留美子さんが人魚シリーズという漫画を描かれているのですがなかなか絵の雰囲気とか、話とか面白いのです。機会があったら是非お勧めしたいです!
      最後にどんな思いで、えなが激昂したのかと(私が勝手にそう思ってるだけかもしれませんが)思うと、やっぱり胸が苦しくなります。
      • 3 fav
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    • 読んでいただけて嬉しいです! あえて詳しく書かずに、読み手の想像に任せる部分を残すのも、大事かなって思ってたりします。

      高橋留美子さん、大好きですよー! 最近はちょっと遠ざかってて、「一ポンドの福音」を読んだくらいなんですが、いい機会なのでまた読んでみますね!
      • 2 fav

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    • こんばんは、魚を兄弟っていうと、実は人魚には雄がおらず、魚から精子をもらっているのでは……そんな深読みをしていたHiroです。
      そんな彼らを食べていたとしたら、それはそれでコミカルなホラーがかけそうですね(笑
      読んでいてチラホラと細かい設定が気に成りましたが童話にその手のツッコミは無粋なので、今回はスルーです。

      西洋の童話を見事な和風ホラーに変える手腕、さすがです。
      私としては予想通りの展開ではありましたが、破滅を予感させながらもゆるやかに進む本文から、ズバッと斬り返すラストの演出が際立っていて良かったと思います。

      では、簡単にではありますがこのあたりで…ノシ
      • 3 fav
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    • 人魚の雄は半魚人というのがどっかですり込まれてるような気がします・・・。
      私、原作の人魚姫、どーも好きになれないんですよね。見る目のない恩知らずの王子にそこまで入れ込むってなに? って感じで。 
      このネタはもう何年も温めてた話なんですが、ちょうどいい放流先が見つかったのを幸い、一晩で書き上げました。あんましはっきり時代限定すると面倒なので設定はイメージです。コメントありがとうございます。そして2万文字との格闘お疲れ様でした。
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    • *ネタバレあります

      えな達さかなびとは何を食べて生きているのだろう、と冒頭では思いながら読んでいたのですが、ラストを考えると、なかなか趣深かったです。ただ、前振りが冗長に感じたので、もうちょっとコンパクトにまとめてもいいかもしれません。

      ところで、腰から下がサヨの兄さんなら、えなの下半身は男性じゃないですかー(;゚∀゚)=3ムッハー 誠吉が初夜を迎える前で良かったです。頭を持ち帰ったところに、複雑な心理が込められているように思えて、いいラストだと思いました
      • 4 fav
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    • そういえばなに食べてるんでしょうね・・・。鯨みたいにプランクトンでも食べてるのかも。
      脚に関しては「魔法」なので、その辺りはご自由に想像して頂ければと思います(笑

      貴重なご意見ありがとうございます。書き上げたばかりなので、もう少し寝かせて更に推敲したいと思います。
      • 3 fav

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    • まるで絵本や童話を思わせるような綺麗なお話だなぁ。どこでホラーになるのかな?と妙な期待感を持ちながら、読み進ませていただいてたんですが……。
      ビックリ!!Σ(・□・;)

      先を想像しながら読んでしまう楽しみが味わえて、点と点が線になって面積になる、はっ!っと感に、カラーの違う着地点。
      超楽しめました!
      • 5 fav
      • Re 返信

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    • コメントありがとうございます。UPしたばかりなのでタグをつけませんでしたが、実はファンタジーやホラーにみせかけたミステリーなのでした。楽しんで頂けてよかったです。
      • 3 fav

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