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シリーズ:春が笑う 1
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春が笑う 1

作者:なつき

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    拙ブログ既出作品です。

    本当の恋を知らない御曹司と
    どこか抜けてる天然ちゃん。

    王道の恋物語です。


    登録ユーザー星:0 だれでも星:0 閲覧数:312

    春が笑う 1 0文字

     

     ある春の日。

     黄砂とともに岩本菱也(いわもとひしや)は日本の地を踏んだ。
    「ああ、日本の空気はきれいだ。」
     菱也の言葉を聞いた秘書の富山(とみやま)は頷く。
    「もう、あの光化学スモッグにはこりごりですよ。また今度北京に出向になったら、
    お一人で行ってくださいね。僕は遠慮しますから。」
    「ふっ、」
     菱也は鼻で笑って歩き出す。そして腕時計を見て、富山に聞く。
    「社長は何て?」
    「一度帰社しろと、」
     眼鏡の奥の端正な眉が微かに上がる。
    「どこかで一息ついてから行こう。」
    「そうですね、これから大変ですからね。」
    「おまえも余計なことを言う。」
     互いに軽く笑って、二人はタクシー乗り場へ向かった。


     会社の近くのカフェに立ち寄り、コーヒーを頼んだ。これから社長のところに行けば、
    何を言われるのかはだいたい想像がついている。今まで先延ばししていたことだ。
    「そろそろ潮時か、」
    「っていうか、遅すぎだと僕は思いますけどね。」
     ウエイターからコーヒーを受け取り、富山は菱也の前に置く。
    「それともまだ、遊び足りませんか?」
    「おまえはほんとに・・・、俺がいつ遊んでいるっていうんだ。仕事しかしてないじゃないか。
    ほら、鳴ってるぞ。」
     菱也に胸を指差され、富山は慌てて胸ポケットから携帯を取り出し、電話に出る。
    コーヒーを手にした菱也は、富山の背後の席に座っていた女性たちが次々と席を立つ音に思わず顔を上げた。
    「?」
     そしてなんとなく、そのグループを眺めた。
    すると、グループの中で一番最後に立ち上がろうとした女性が、バッグに手を入れ、何かを探している。
     財布か?
     菱也は彼女の慌てぶりがおかしく、つい余計な想像をしてしまう。
    「かーすーがー、行くよー、」
     他の女性から声をかけられ、彼女はますます慌てだし、ついにはバックをひっくりかえしてしまった。
    その泣きそうな、辛そうな彼女の表情が視界に映ったとたん、菱也は自分でもわけのわからない衝動に駆られ、
    勝手に体が動いたのを感じた。
    「これで足りるかな?」
     菱也は立ち上がり、気がつくと彼女の前に五千円札を差し出していた。
    「え、あの、」
     状況が把握できてない様子の彼女の手に無理やり札を押し込み、ひっくりかえしたバッグをもとに
    戻してやった。
    「何してるんですか、タイムリミットです。行きましょう、」
     菱也の後ろから携帯を片手に富山が声をかける。
    「わかった、行こう。」
     菱也は踵を返した。
    「あ、あの・・・!」
     彼女の声に答えるように軽く右手を上げ、早足で店を出る。
    「何をしてるんだ・・・、俺は・・・。」
     すぐにタクシーを拾い、社に向かった。
    一体何をしてるんだろうか。自分の行動が理解できない。
    彼女は仲間と一緒だったのだから、金がなくてもどうとでもなっただろう。なのになぜ、わざわざ俺は・・・、
    「電話、社長からでしたよ。早く帰社しろって。」
     富山がにやけた顔で菱也を覗く。
    「日本人女性が恋しかったですか?らしくないことして。」
    「馬鹿なことを、ただの人助けだ。」
     冷たく答えても富山はまだからかう。
    「そんなこと言って、今までこんなことしたことなかったじゃないですか。」
    「もう着くぞ、」
     富山の詰問には答えず、前を向いたまま社を指差す。なつかしい本社ビル。
    「あの事務服、うちの社のですよね。どこの課の子かな。」
     タクシーは日本有数の製薬会社の本社ロビー前に止まった。 
     うちの社員?まさか。
    「あんな制服だったか?」
     降りながら菱也は怪訝な顔をした。
    「去年、変わったんですよ。さては社内報、ご覧になってないですね。」
    「・・・必要な記事は読んでいる。」
     そうか、彼女、うちの社員か・・・。
     バッグをひっくりかえして半泣きになっていた顔を思い出し、菱也は無意識に笑う。
    「あ、思い出し笑い、」
     富山に指摘され、菱也は顔をひきしめる。
    「さあ、いくぞ、」
     そしてその長い足は社長室へと向うのだった。

     菱也と富山がエレベーターに乗ったすぐ後、尾山春日は仲間たちとロビーに入ってきた。
    「一体なにしてたのよ、春日ったら。あんたの分も払ったからね、」
    「うん、ありがとう。デスクに帰ったら払うから。」
     まだ恥ずかしさから、赤くなっている頬を手でさすりながら、春日は礼を言う。
    「ま、春日らしいけどね、財布を忘れるなんて。」
     大学時代からの友人、佐藤美緒はけらけらと笑う。
    「ねえねえ!」
     春日たちがエレベーター待ちをしていると、受付の友人が駆け寄ってきた。
    「わたし、さっき見ちゃった!うわさの次期社長!」
    「ええ?まじで?」
     春日以外の女性たちが色めきだす。
    「社内報の写真よりもっとずっとかっこよかったよ!もう、どうしよう!」
    「やだあ、あたしも見たかった!」
    「独身なんでしょ?」
    「でも、婚約してるってうわさだけど、」
    「ええー!!」
     みんなの黄色い声を春日はBGMのように聞いていた。視線はくしゃくしゃに握りしめられた五千円札。
    それを必死にきれいに整える。・・・たかが890円のランチなのに・・・。
    ファッションに疎い春日でさえ上等だとわかるスーツにスマートな物腰。
    細長いフレームの眼鏡に軽く撫で付けた短い清潔そうな髪。
    「ああいう人をセレブっていうんだ・・・きっと。」
     でも、どうやってこのお金、返したらいいんだろう・・・。
     春日は美緒に呼ばれるまで、ずっと五千円札のシワを伸ばしていた。

    「ただいま戻りました。社長。」
     菱也は自分の父親に一礼した。
    「まあ、座れ。北京ではよくやってくれた。」
     父と息子は向かい合って座った。すぐに女性秘書がコーヒーを運んでくる。
    「北京は好景気ですから、とくに努力も必要なかったですよ。」
     コーヒーに口をつけ、菱也はさらりと答える。
    「相変わらずな口だな。後で家にも寄れ、母さんが待っている。」
    「そのつもりです。ところで、こちらは特に変わったことはありませんでした?」
    「社内報を読んでおらんのか?」
     菱也は思わず笑う。
    「富山にも同じことを言われましたよ。わかってます、読んでますよ、ちゃんと。」
    「まあ、とにかくわしは今年度をもって会長職に退く。先の理事会で決定済みだ。」
    「私を仲間はずれにして理事会ですか、」
    「そういうな、お前に言ったら反対するだろう。」
     父が乳がんを患って以来体調の良くない母のために一線から退きたがっていたのは知っていた。
    それをのらりくらりと延ばしていたのは自分だ。
    「専務もお前の力になってくれるはずだ。心配せんでもいい。」
    「神代叔父がですか?」
     それはどうだか。あの人はそんな玉じゃない。俺が社長になったらつぶしにかかるだろう。
    父が信頼しているので、ここでは不満な顔はしないが。
    「もうひとつ、大事な話がある。」
     来た。今度は露骨に嫌な顔をしてみせた。
    「まあ、そんな顔をするな。これ以上延ばしたら先様に失礼だろう。本当なら、北京に行く前に婚約を
    済ますべきだったのにさっさと出発しおって。」
     父はわざとらしくため息をつく。
    「山下教授はなんておっしゃってます?」
    「もういつでも嫁げる状態だそうだ。お前たち、連絡取り合ってないのか?」
    「日本を発ってからは取ってません。これから連絡します。」
    「そうしろ。年貢の納め時だぞ。早く孫の顔を見せて母さんを安心させてやってくれ。」
     しらじらしい。孫を母に見せたいなんて、卑怯な言葉だ。
     山下由布子は幼馴染で、医師会に広く顔がきく大学教授の一人娘だ。昔から両親のお気に入りだった。
    たしか三歳年下だから、今年三十か・・・。別に由布子が嫌いなわけじゃない。どちらかというと、好きだ。
    他に結婚を誓った恋人もいない。会社と両親のことを考えたら、これ以上の縁談はない。
    なのになぜ二の足を踏むのか自分でもわからなかった。
    「そうですね。では、話を進めてください。」
     菱也は自分の人生が大きく変わることを受け入れた。
     年貢の納め時とはよく言ったものだな・・・。心の中で大きなため息をついた。
     


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