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シリーズ:僕の棺
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僕の棺

作者:黒棲一人

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

     ある雨の夜、僕は死んだ。
     獣のように泣き叫ぶお母さんの手には、血塗れのスパナ。
     なんで泣いてるんだろう――お母さんが、僕を殺したのに。
     
     ※中編のサイコホラーです。


    登録ユーザー星:10 だれでも星:13 閲覧数:2831

    僕の棺 14192文字

     

     ガムテープで扉をふさがれ、浴室に閉じこめられた記憶。
     昼間は、こうして浴槽の蓋に腰かけ、ずっと天井のタイルを数えていた。
     それが終わると、壁に散らばる茶色い染みを数え始めた。
     何度も繰り返す内に、どうしても数が合わなくなるのが、なんだか無性におかしかった。
     たぶん僕の方が、おかしくなりかけていたのだろう。
     窓ガラスから日差しの差し込む時間帯は、浴室の中でも、ほのかに暖かい。けれど日が沈んで夜になると、タイル貼りの浴室は、まるで冷蔵庫のように冷えこんだ。
     隙間風から逃れるため、僕は浴槽にうずくまって蓋を閉めた。
     そして、僕は想像した。
     この寒さから、空腹から、恐怖から――現実から逃れるために。
     今、この浴槽の中で膝を抱えている僕は、実は死体なのだと。
     この浴槽は、僕の棺桶だ。
     だから僕は空腹も寒さも感じないし、暗闇に対する怖れも抱かなくてすむ。
     この浴室は、お母さんが僕にあつらえてくれた棺桶なんだ。
     ね、だから、僕の体にぴったりだろう?
     そんな記憶があるからこそ、僕は今、この浴槽の底で眠っている僕の死体が、どんな景色を見て、どんな気持ちでいるのか、たやすく想像することができた。
     あれ、と僕は首をひねる。
     頬をなぞると、指が水滴に触れた気がして、いつの間に泣いていたのだろう、と僕は首を傾げる。
     けれど、それは、僕の頬についた血液だった。
     棺桶に葬られた、僕の死体の。
     
     * * *

     気がつくと僕は、薄暗い台所に立っていた。
     リビングは、電源の消えたテレビから、物言いたげな沈黙を感じるだけで、ソファに腰かけていたお母さんの姿は消えている。
     僕の前には、ステンレスの流し台が口を開けていて、そこに一枚の写真が飲みこまれていた。
     それは、家族の写真だった。
     写真の中央には、大きなベビーカーを引いているお母さん。
     そして、その背後で、まるで運悪く写りこんでしまった通行人のような顔で、おどおどと申し訳なさそうに笑っている、猫背の男の人―――それが、お父さんだ。
     僕はマッチ箱を取り出すと、小さな火を流し台の底に投げこむ。
     最初に燃え上がったのは、お父さんの顔だった。
     端から丸く縮まりながら、瞬く間に写真は燃え上がり、ついには灰の残骸になってしまう。
     そして、僕は気がついた。
     燃えているのは、お父さんの顔だけじゃない。
     次の瞬間、顔から炎を噴き出した僕は、慌てて水を求め、蛇口の下に首を突っこんだ。
     そこで僕は、はっと瞼を開けた。
     幽霊でも夢を見ることがあるんだな。それも悪夢を。
     それが、僕の感想だった。
     それとも、これから地獄に落ちれば、嫌と言うほど悪夢を見続けることになるんだろうか。
     目覚めても、目覚めても、悪夢。
     けれど、それは今とあまり違わない気もした。
     浴槽の中には、僕の死体が眠っていて、リビングには、僕を殺したお母さんがいるのだ。
     一体、今は何時なのだろう。
     まだ夜なのだろうか、それともこの家の外は朝を迎えたのか。
     せめて、それだけでも確認したいと思ったけれど、窓を板でふさがれているために果たせない。
     お母さんの思考は、いつも乱杭歯(らんぐいば)のように隙間ができているけれど、その仕事ぶりは、どんな時でも徹底している。
     今、窓をふさいでいる木材は、台風の日に備えて買い置きしてあったものだ。けれど今時、台風が来る度に、家中の窓や扉に木の板を打ちつけて回る家があるだろうか?
     ためしに集団登校で一緒になった子たちに聞いてみたら、口々にやってないと言われ、その中でも、鼻水をたらした隣家の子には「やーい、キ○ガイ一家」とはやしたてられた。
     どうして、あんなにも頭の悪そうな子が、あの古めかしい言葉を知っていたのだろうか。そう首をひねって僕は気がついた。
     『キチ○イ一家』とは、あの子の家族が口にした言葉なのだ。ひそひそと囁くように、僕の家族を指して言った言葉。
     ああ、そうか、と僕は納得する。食卓の話題にのぼるくらいには、やっぱり、僕の家族はおかしいのだ。
     そんなことを考えていると、がたり、とリビングで物音した。今、この家の中で物音を立てられるのは、お母さんだけだ。
     いったい何をしているのだろう。
     浴室から出た僕は、ぼんやりとリビングに足を踏み入れる。
     すると、ソファの上に台所の椅子を置いたお母さんが、天井の照明にロープをかけていた。
     何をしているのだろう――けれど、疑問は長くは続かなかった。
     ああ、首を吊ろうとしているんだな。すぐに合点がいったのは、首吊りを見るのが二度目だからだろう。
     このリビングで、最初に首を吊ったのは、お父さんだった。
     ズボンの正面にオシッコの染みをつくり、赤黒く変色した顔で、だらり、と舌を垂らしていた。
     お父さんの死体を見つけたのは、お母さんだった。
     お父さんを殺したのも、お母さんだった。
     僕は、ゆっくりとお母さんの元に歩み寄った。
     首吊り縄に頭を通した格好のまま、お母さんの目が、僕をとらえる。皮をむいた葡萄(ぶどう)の実のように、無数の血管で血走った眼球。幽霊であるはずの僕をはっきりととらえ、お母さんは独り言のように僕を呼んだ。
    「尚之も、一緒に来る?」
     お母さんの呼び声で、僕は、自分の名前を取り戻した。
     そうだ、僕は、尚之なんだ。尚之、尚之。お母さんに一度も怒られたことのない、いい子の尚之。何をしても、いつもお母さんにほめられる尚之。尚ちゃんはいい子ね、お母さんにそっくりね。あの××とは大違いだわ。だから尚之であるところの僕は、お父さんにも、××にも、優しくしてあげるのだった。
     だって僕は、いい子の尚之なんだから。
     そうだ、僕は尚之だ。
     感謝で胸が張り裂けそうになりながら、お母さんを見上げる。
     お母さん、僕の名前を呼んでくれてありがとう。
     けれど、その瞬間、僕は気がついた。
     首に縄をかけたまま、お母さんは目を見開き、じっと僕を凝視している。まるで今にも顔から飛び出しそうな、その眼球。
    「………××?」
     お母さんの唇が、また僕にはわからない言葉を呟いた。
     ………。
     ………。
     ………。
     そして、お母さんは、我が家で二人目の首吊り死体になった。

     * * *

     目を開けると、そこは真っ白な世界だった。
     壁の白。天井の白。寝台の白。
     余分な物は何一つない、ただ白いだけの世界。
     頭の下には、乾いた枕の感触があった。
     そっと指先を動かすと、ゆっくりと現実感が戻ってくる。
     ここは、どこだろう?
     空気を吸いこむと、消毒薬の匂いがした。
     おそらく、ここは病院なのだ。
     ならば、なぜ、僕はこの場所にいるのだろう?
     僕は、お母さんに殺されて、死体になったはずだ。
     それなら僕は、生き返ったのだろうか?
     ―――お母さんは? 
     そう考えた途端、脳裏に、天井で揺れていたお母さんの足が思い浮かぶ。まるで操り人形のように、だらりと力を失った二本の足。
     けれど、頭を割られた僕が、こうして生きているのだから、首を吊ったお母さんだって、生きているかもしれない。どうにかして確かめなくては。
     僕は全身の力をかき集め、なんとか寝台から体を起こした。
     冷たいスリッパに足を入れ、苦労して壁を伝い歩き、リノリウムの廊下へと出る。
     そこもまた、真っ白な世界だった。
     壁の白。天井の白。
     床の白。蛍光灯の白。
     窓ガラスには、真っ白な陽光と木もれ日が映って、床にまだらな影を描き出していた。
     綺麗だ。
     そんな単純な感情に、なぜだか僕は涙ぐみそうになる。
     その時、廊下の先に人影が現れた。
     白衣を着た、年配の男の人だ。
     猫背で下腹が突き出ているところが、少しお父さんに似ている。
     けれど、その顔には、怯えたところが少しもなかった。
     白衣の男の人は、僕を見て驚いた顔をした。
     わずかに顔をしかめたように見える。
     けれど、次の瞬間には、かき消すような笑顔になった。
    「珍しい、起き出してきたのか。今日はずいぶん具合がいいのかな、××さん」
     また××だ。
     この人も、また意味のわからない名前で僕を呼ぶ。
     僕は××じゃない。尚之だ。
     いくら同じ顔の双子だからって、間違えてもらっては困る。

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    コメント

    • この狂っている感じが何とも言えない
      ホラーといえば幽霊やゾンビがでてくるような超常現象にはまりがちという印象があるが、リアルに描かれていて面白かった。
      • 1 fav
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    • >狐狗狸

      返信が遅れてしまって本当に申し訳ありません。ご感想本当にありがとうございます。
       
      幽霊やゾンビなどの超常現象モノも、読み物として大好きですが、長年「ヒトの怖さ」を書き続けてきましたので、「面白い」という言葉が、本当に嬉しかったです。
       
      今後もお言葉を励みに精進させてください。重ね重ね、ありがとうございました。
      • 0 fav

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    •  初めまして。読ませていただきました。
       これはとてもいいですね。怖かったです。安易に幽霊を出したり残酷なシーンを出したりしていない、幽霊にも残酷なシーンにも重要な伏線や要素があったのがとてもよかったです。すごく怖かったです。
       現代にあって、一番恐ろしい要素は人間性の闇だと思うので、それを描ききれるというのはすごいと思います。
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    • >八谷響(エルス)様
         
      ご感想ありがとうございます。子供の頃からホラー小説・映画ばかりに触れてきたせいで、頭の中で「怖い」=「面白い」という図式が成立してしまいまして、しかし自分の作品が「怖い」かどうかわからず、そのため「怖い」と言って頂けて大変嬉しく思います。
       
      「現代にあって、一番恐ろしい要素は人間性の闇」という、八谷様のお言葉に深く頷きました。もはやライフワークのように、ひたすら「人間の怖さ」を書き続けておりますので、本当に嬉しく思います。重ね重ね、ありがとうございました。
      • 0 fav

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    • これはぜひ書籍にしていただきたいと思いました。とにかく、冒頭から一気に引き込まれ、読み終えて、そう思いました。
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    • >野獣ももっち様

      私には勿体ないお言葉を頂き、大変恐縮です。本当にありがとうございます。
      子供の頃からホラー作品ばかり読み続け、書き続けてきましたので、頂いたコメントが大変嬉しく、また心から励まされました。
      頂いたお言葉を励みに、今後も精進させて頂こうと思います。重ね重ね、ありがとうございました。
      • 0 fav

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    • 佳作、おめでとうございます^^

      こちらの作品、実はウッピーへ来て初めて手に取ったものでもあったので、強烈に印象に残っていました。
      まだコメントの仕方等わかっていなかったので、☆のみ押して帰っていたのが悔やまれます。

      かなりレベルの高いホラー小説ではないでしょうか。
      今後も楽しみにしています^^
      • 1 fav
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    • >宮保ちゃちゃ様
       
      コメントありがとうございます。過分なお言葉を頂き、大変恐縮です。また「イイネ!」の評価をくださったとの事で、本当にありがとうございます。
       
      佳作という評価を頂けたこと、まだ到底信じられませんが、選評のお言葉を頂けた事が夢のように嬉しく、これを励みに一層精進させて頂こうと思います。重ね重ね、ありがとうございました。
      • 0 fav

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    • 角川あたりのホラーアンソロジーの一編として収録されていても不思議ではないくらい完成度高いと思います。
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    • >三塚章様
        
      ありがとうございます。元々、小学校からの角川ホラー好きで小説を書き始め、小林泰三先生のファン熱をこじらせて、この度投稿させて頂いた人間ですので、まさに望外の喜びです。勿体ないお言葉を、本当にありがとうございます。お言葉を励みに精進させて頂きます。
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    • >yuzuka様

      まさかご感想をいただけるとは夢にも思わず、おほめの言葉をいただき、大変恐縮です。本当にありがとうございます。
      ひらがなと漢字のバランスに悩み、読みづらいのでは…と不安に思っておりましたので、「リズム感が良い」と言っていただき、安堵いたしました。重ね重ね、ありがとうございます。
      • 0 fav
      • Re 返信

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    • 本当は怖いのが苦手な私なのですが、最後まで一気に読めましたー。文章のリズム感がいいですー。
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    • もしも誤字脱字、読みにくい漢字などありましたら、お手数ですが教えて頂けますと幸いです。
      よろしくお願い致します。
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    作者紹介

    • 黒棲一人
    • 作品投稿数:1  累計獲得星数:23
    • 不束者ですがよろしくお願いします。
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