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シリーズ:僕の棺
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僕の棺

作者:黒棲一人

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

     ある雨の夜、僕は死んだ。
     獣のように泣き叫ぶお母さんの手には、血塗れのスパナ。
     なんで泣いてるんだろう――お母さんが、僕を殺したのに。
     
     ※中編のサイコホラーです。


    登録ユーザー星:10 だれでも星:13 閲覧数:2831

    僕の棺 14192文字

     

     ある雨の夜、僕は死んだ。
     
     ぱちり、と、夢から覚めた心地で、僕は目を瞬かせる。
     どうして真っ暗なのだろう。首を傾げるのと同時に、窓の外の様子で、いつの間にか夜になっていたことに気がついた。
     ぼんやりと物の輪郭のわかりづらくなった子供部屋では、ざあざあ、と止めどなく雨の音が鳴っている。

     おおん、おおおおん。

     途端、雨音に、獣じみた唸り声が混ざるのを、僕は聞いた。
     膝を抱える腕にぎゅっと力をこめ、墓石のように息を殺す。
     そして僕は、じっと暗闇の奥に目をこらした。
     案の定、カーペットの床には、僕の死体が転がっていた。
     翼の折れた、飛行機のプラモデル。
     スナック菓子の油染みがついた漫画雑誌。
     そんなブサイクな無生物たちと一緒に転がった、一際ブサイクな僕の死体。
     スイカのように割れ、灰色の脳しょうをはみ出させた頭。
     バラバラの方向に曲がった手足と、壁に飛び散った赤黒い血飛沫。

     おおおん、おおおん、おおおおん、おおおおん。

     唸り声の主は、お母さんだった。
     さっきから、僕の死体にすがって泣いていたらしい。
     お母さんは、僕の死が悲しいのだろうか。
     そんな、ありえなさそうな想像をして、僕は首を傾げる。
     見ると、お母さんの手には、重そうなスパナが握られていた。
     禍々しい鉄色の鈍器には、表面張力によって弾かれた血液の痕。
     ということは、やっぱり、僕を殺したのはお母さんなんだ。
     それなのに、お母さんが泣くなんて理不尽すぎる。
     抗議したくなるけれど、幽霊なので声を出すこともできない。
     それに僕は、自分が死んだというのに、涙の一滴も出ないのだった。

     おおおん、おおおん、おおおおん、おおおおん。

     だんだん、お母さんが、僕のかわりに泣いている気がしてきた。
     それなら僕は、幽霊として、自分の死をどうとらえるべきなのだろう。自問自答に、答えはない。
     まるで頭の中に泥水をつめこまれたような気分だった。
     もしも、夢の中で頬をつねってみたら、こんな気持ちになるのだろうか。
     僕は、少しでも現実感を取り戻そうと、僕の死体を観察する。
     お母さんの腕に抱かれた撲殺死体は、白目をむいてはいるけれど、確かに僕の顔だった。
     側に落ちている血塗れの布切れは、僕のお気に入りの帽子だ。
     野球選手のサイン入りで、お父さんにもらってから、家の中でもかぶっていた。奪いとられないよう、懸命になったのを覚えている。

     おおおん、おおおん、おおおおん。
     おおおん………ぉぉぉぉぉ………ぉぉ。

     次第に泣き声が小さくなり、不意に静寂が訪れた。
    「××、××、ごめんなさい」
     意味のわからない言葉が、お母さんの唇からこぼれ落ちる。
     それきりお母さんは、僕の死体を残して子供部屋を出て行った。
     とん、とん、と階段を下りる、お母さんの足音。
     雨音だけが残された部屋で、僕は、ある疑問に首を傾げた。
     死体を前にして、最初に抱くべきだったのだろう、その疑問。
     僕は、どうしてお母さんに殺されたのだろう?
     
     * * *

     なぜお母さんに殺されたのか、僕は思い出せなかった。
     ただ漠然と、悪いことをしてしまった記憶が残っている。
     僕が殺される理由なんて、それだけで十分な気がした。
     きっと、お母さんにとっても、そうだったのだろう。
     物心つく前から僕は、お母さんに『矯正』を施され続けてきたのだから。
     お母さんが言うには、僕はお父さんにそっくりで、だから、手遅れにならない内に『矯正』しなければならないのだそうだ。
     お父さんのような『害虫』になってしまう前に。
     だから僕は、真冬のベランダで逆さ吊りにされたり、ガムテープで扉をふさいだ浴室に閉じこめられたりした。
     お父さんも、休日には物置小屋に閉じこめられていた。
     何もかも全部、お父さんが悪いのだとお母さんは言った。
     だから最初に、お父さんが殺された。
     その次に、僕が殺された。
     そして今、お母さんは、物置小屋から取ってきたカナヅチと釘で、家中の窓という窓、扉という扉に、木の板を打ちつけている。

     カン、カン、カン、カン、カン。

     玄関扉に釘が打ちつけられると、装飾ガラスから差しこむ街路灯の光が、内側からふさがれて消えてしまった。
     これで誰も、家の中に入ってこられなくなるだろう。
     けれど、これじゃあ、お母さんも外へ逃げられないじゃないか。
     この家には、お母さんの手にかかって死んだ、僕の死体があると言うのに。
     けれど、直後に、ああ、そうか、と僕は合点した。
     誰も、この家の中を覗くことはできない。
     ご近所の人たちも、警察も。
     つまり、今、お母さんがやろうとしているのは、死体の隠蔽なのだった。この家を僕の棺にして、蓋をしてしまうつもりなのだ。
     やがて、家中の扉と窓を、板切れでふさぎ終えると、お母さんは子供部屋に戻った。
     幽霊になった僕は、お母さんの背中を追う。
     思えば、今まで手伝いもせずに、ぼんやりと大工仕事を眺めていたのは、幽霊だから仕方ないにしろ、その間、自分の死体を放ったらかしにしていたのは、我ながらおかしな話だった。
     子供部屋に戻ったお母さんは、カーペットに転がる僕の死体を抱え上げようとして、思わぬ重さに顔をしかめた。
     やがて抱き上げることをあきらめたお母さんは、僕の足を持ち上げて引きずり始める。
     子供部屋から階段へと、板張りの廊下にのびる、凄惨な血の帯。
     だらりと仰向けに舌を出した僕の死体は、鼻と口から、変な汁をあふれさせている。
     やがて廊下が途切れ、階段にさしかかると、お母さんは何のためらいもなく僕の死体を突き落した。

     ごん、ごん、ぐちゃ、ごごん、ずしゃ。

     重い肉や固い骨のぶつかる音と、脳みそや臓物の潰れる音。
     一段ずつ転がり落ちる度、僕の死体はどんどん壊れてゆく。
     制止の声をあげたくなるが、僕は幽霊なので、お母さんを止められない。
     無事に階段を転がり落ちた僕の死体は、真っ赤な泥水を吸った砂袋のように見えた。
     膝小僧から折れた骨の突き出した足をつかみ、お母さんは再び僕の死体を引きずり始める。
     浴室の扉へと消える、ニワトリのようにやせこけた後ろ姿。
     僕は、曇りガラスの扉から、タイル張りの室内を覗きこんだ。
     お母さんは、まるで首のすわらない赤ん坊を扱う手つきで、僕を浴槽の底に座らせる。
     そして、水道の蛇口をひねった。
     派手な水音をさせながら、見る間に浴槽に水がたまっていく。
     僕の目には、赤黒い血でにごった水面に、ちぎれた肉や脳みそが渦巻いているのが見えた。たちまち水面は、僕の死体の肩にまで達し、お母さんは蛇口をしめる。
     そんなことをしたら死体がふやけるし、腐敗が早まるじゃないか、と僕は首を傾げた。
     直後に、ああ、そうか、と、また僕は合点した。
     お母さんは、僕の死体を消そうとしているのだ。
     浴槽の水で腐敗を速め、どろどろに溶けたら、排水口に流す。
     なんとも、気の長い話だった。
     けれど、だからこそお母さんは、家中の窓と扉をふさいだのだろう。それまで、この家の中に誰も侵入できないように。

     ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ。

     途切れなく続く雨音と、死体に打ち寄せる水音。
     お母さんは、浴槽の上に蓋をかぶせると、曇りガラスの扉をくぐり、一仕事終えた顔で、ぐったりとリビングに移動した。
     テレビの前に置かれたソファに座り、子供のように膝を抱える。
     それきり、お母さんは動かなくなった。耳を澄ますと、雨音にまぎれて、ブツブツ呟くお母さんの声が聞こえてくる。
    「××、××、××、××……」
     僕には、わからない言葉の繰り返しだった。
     僕は、お母さんの側にいることをあきらめ、浴室にとって返す。
     さて、僕は、どこにいるべきなのだろうか。
     ここは、幽霊らしく死体の側にいるべきなのだろう。
     そう結論づけた僕は、浴槽の蓋にちょこんと腰かける。
     途端に、天井から、壁から、僕に向かって押し寄せる、雨の音。
     ちゃぽり、ちゃぽり、と蓋の下でも水音がする。
     この中に、僕の死体があるのだ。
     お母さんの胎内にいた時のように、小さく背中を丸めた格好で。
     浴槽の死体に思いをはせていると、僕はある記憶がよみがえるのを感じた。

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    コメント

    • この狂っている感じが何とも言えない
      ホラーといえば幽霊やゾンビがでてくるような超常現象にはまりがちという印象があるが、リアルに描かれていて面白かった。
      • 1 fav
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    • >狐狗狸

      返信が遅れてしまって本当に申し訳ありません。ご感想本当にありがとうございます。
       
      幽霊やゾンビなどの超常現象モノも、読み物として大好きですが、長年「ヒトの怖さ」を書き続けてきましたので、「面白い」という言葉が、本当に嬉しかったです。
       
      今後もお言葉を励みに精進させてください。重ね重ね、ありがとうございました。
      • 0 fav

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    •  初めまして。読ませていただきました。
       これはとてもいいですね。怖かったです。安易に幽霊を出したり残酷なシーンを出したりしていない、幽霊にも残酷なシーンにも重要な伏線や要素があったのがとてもよかったです。すごく怖かったです。
       現代にあって、一番恐ろしい要素は人間性の闇だと思うので、それを描ききれるというのはすごいと思います。
      • 1 fav
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    • >八谷響(エルス)様
         
      ご感想ありがとうございます。子供の頃からホラー小説・映画ばかりに触れてきたせいで、頭の中で「怖い」=「面白い」という図式が成立してしまいまして、しかし自分の作品が「怖い」かどうかわからず、そのため「怖い」と言って頂けて大変嬉しく思います。
       
      「現代にあって、一番恐ろしい要素は人間性の闇」という、八谷様のお言葉に深く頷きました。もはやライフワークのように、ひたすら「人間の怖さ」を書き続けておりますので、本当に嬉しく思います。重ね重ね、ありがとうございました。
      • 0 fav

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    • これはぜひ書籍にしていただきたいと思いました。とにかく、冒頭から一気に引き込まれ、読み終えて、そう思いました。
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    • >野獣ももっち様

      私には勿体ないお言葉を頂き、大変恐縮です。本当にありがとうございます。
      子供の頃からホラー作品ばかり読み続け、書き続けてきましたので、頂いたコメントが大変嬉しく、また心から励まされました。
      頂いたお言葉を励みに、今後も精進させて頂こうと思います。重ね重ね、ありがとうございました。
      • 0 fav

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    • 佳作、おめでとうございます^^

      こちらの作品、実はウッピーへ来て初めて手に取ったものでもあったので、強烈に印象に残っていました。
      まだコメントの仕方等わかっていなかったので、☆のみ押して帰っていたのが悔やまれます。

      かなりレベルの高いホラー小説ではないでしょうか。
      今後も楽しみにしています^^
      • 1 fav
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    • >宮保ちゃちゃ様
       
      コメントありがとうございます。過分なお言葉を頂き、大変恐縮です。また「イイネ!」の評価をくださったとの事で、本当にありがとうございます。
       
      佳作という評価を頂けたこと、まだ到底信じられませんが、選評のお言葉を頂けた事が夢のように嬉しく、これを励みに一層精進させて頂こうと思います。重ね重ね、ありがとうございました。
      • 0 fav

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    • 角川あたりのホラーアンソロジーの一編として収録されていても不思議ではないくらい完成度高いと思います。
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    • >三塚章様
        
      ありがとうございます。元々、小学校からの角川ホラー好きで小説を書き始め、小林泰三先生のファン熱をこじらせて、この度投稿させて頂いた人間ですので、まさに望外の喜びです。勿体ないお言葉を、本当にありがとうございます。お言葉を励みに精進させて頂きます。
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    • >yuzuka様

      まさかご感想をいただけるとは夢にも思わず、おほめの言葉をいただき、大変恐縮です。本当にありがとうございます。
      ひらがなと漢字のバランスに悩み、読みづらいのでは…と不安に思っておりましたので、「リズム感が良い」と言っていただき、安堵いたしました。重ね重ね、ありがとうございます。
      • 0 fav
      • Re 返信

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    • 本当は怖いのが苦手な私なのですが、最後まで一気に読めましたー。文章のリズム感がいいですー。
      • 1 fav
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    • もしも誤字脱字、読みにくい漢字などありましたら、お手数ですが教えて頂けますと幸いです。
      よろしくお願い致します。
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    作者紹介

    • 黒棲一人
    • 作品投稿数:1  累計獲得星数:23
    • 不束者ですがよろしくお願いします。
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