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1.
そのお魚を見つけたのは、ひょうたん池でした。
くだものをとりに行ったとき、池の中から、ばしゃっとはねました。
なんかへんだったぞ。
すると、もういっかい、はねました。
パタパタパタパタと、飛んでいました。
ぼくは、びっくりして、先生をよびに行きました。
窓から差し込んだ陽の光が眩しくて、少しだけ眼を細める。
吐息で曇った硝子を拳で拭い、ムゥは、もう一度、白い息を吐いた。
緩く編んだ水色の髪。平均的だが、やや中性寄りの顔立ち。空色の瞳。いつもの自分が映っている。暖炉に火を入れようかな。振り向いて、少し迷った。これだけ陽射しがあるなら、じき暖かくなるかもしれない。薪も残り少ないから、出来れば節約したいところ。とはいえ、このままでは、やはり寒い。
腕を組んで、リビングを見回す。テーブルの上には、焼きたてのパンと湯気の立つスープが3人分。あとはヘンゼルの穫ってくる果物で朝食が完成する。
結局、火を熾すことにした。身体を冷やして帰ってくるヘンゼルを暖かい部屋で迎えてやりたい。暑くなったら消せば良いのだし。1人納得して、頷いたときだった。
「先生! 先生!」
勢い良くドアが開いて、ヘンゼルが駆け込んできた。
別に驚くようなことでもない。苦笑して、彼の元へ歩み寄った。この手のことには、慣れっこになっているのだ。
「どうしたんだい、ヘンゼル? そんなに慌てて」
「先生、へんなお魚がいた!」
「魚? 果物を穫りに行ったんだろう? 魚を釣ったのか?」
「ちがうのー!」
頬を紅潮させたヘンゼルは、緑色の瞳を輝かせ、ムゥを見上げている。
ちょっと嫌な予感がした。ヘンゼルがこういう顔をするときは、なにか妙な物を見付けたときだ。
「飛ぶの! お魚が! こーんくらい!」
「あぁ、あれはね。空中にいる虫を食べようとして、水面から跳ねるんだ。凄いだろう」
ヘンゼルが、ぶんぶんと首を横に振る。
「そーじゃないの! こうやって。パタパタって。鳥みたいに。飛ぶの!」
両手をバタつかせて、ヘンゼルは飛び上がった。トントンと床が鳴る。
その音で目を覚ましたのか、隣接する寝室からセヴァが出てきた。
「ふぁあ……なンでェ。この騒ぎは?」
「あ! おはようセヴァさん!」
190センチを超える長身を窮屈に折り、セヴァは、駆け寄ってきたヘンゼルに顔の位置を合わせた。はだけた浴衣から覗く肌は、陽を知らぬように白い。
「ねぇねぇ、セヴァさん。飛ぶお魚、知ってる?」
セヴァは片眼をつぶって、狐の耳をピクピクと動かし、尻尾を振った。それから大欠伸を1つ。長い金髪は、寝癖の付いたままである。
「トビウオって奴なら知ってるぜ。非常識なのになると何十メートルもジャンプすンだってよ」
「だからね、ジャンプじゃなくてー」
さっさとテーブルに着き、セヴァはパンに齧り付く。
その手をムゥがピシャリと叩いた。
「顔ぐらい洗ってからにしろ。“いただきます”は?」
「なんでェ、俺様を幾つだと思ってやがる? 小僧っ子に説教される筋合いはねェぜ!」
「ヘンゼルの教育に悪いと言ってるんだ。腰巻き見えてるぞ、爺さん」
言われてセヴァは、頬杖を突き、これ見よがしに長い脚を組んだ。真っ赤な腰巻きから更に素足が露出し、より一層、教育に悪い光景が出来上がる。やれやれと、ムゥは腰に手を当てた。誰が朝っぱらから男の生足を見たいものか。
「ンで? トビウオがどうしたって?」
「ちがう〜」
大人達は、まったく理解してくれない。薄い眉を寄せ、唇を結び、小さな拳を握って、ヘンゼルはまた床を踏み鳴らした。頬を膨らませて、ムゥとセヴァを交互に睨んでいる。同じことを何度も言わされて、少々苛立っているようだ。
そろそろ癇癪を起こすかもしれない。潮時をよく知るムゥは、ヘンゼルの金髪に優しく手を乗せ、穏やかに微笑んで、頷くのだった。
「じゃあ、朝食を取ったら、みんなで行ってみよう。今、暖炉に火を入れるから。さぁ、コートを脱いで手を洗っておいで」
2.
フードを被り、ムゥはすんと鼻を鳴らした。
鼻を突く空気は冷たかったが、匂いはすっかり春のものだ。僅かな雪が残っていても陽は強い。湿った土は軟らかく、気の早い鶯が囀って、間もなく訪れる芽吹きの季節を告げている。
「あれだ、鳥っぽい魚が池に落っこちただけなんだぜ」
セヴァが笑い、ヘンゼルが振り向いて歯を見せる。
「ちがうもん! お魚だもん!」
「そういえば、前に溺れてる魚ならいたな」
「あれはセヴァさんが食べちゃったんだよ」
足取りも軽やかに先頭を行くヘンゼルの首には、ムゥの編んでやった緑色のマフラー。ヘンゼルはこれがお気に入りで、冬は何処へ行くにも巻いてゆく。セットで作ってやったダッフルコートは毎日のように泥だらけにされ、しょっちゅう洗っているものだから、本来のクリーム色が、くたびれた駱駝の哀愁と成り果てている。
セヴァの衣装は、これまた派手である。濃紫に菖蒲の咲く振り袖、髻には黒漆の簪。切れ長の眦に朱を入れ、唇を紅が彩る。彼は己の美貌を明瞭に自覚しており、それを殊更誇示することに、なんの遠慮も持たぬ性分だ。この森で他人の見た目を気にする必要はないのだが、あれを普通だと思って過ごすヘンゼルの将来が、たまに心配になるムゥである。
ブーツを履いていても、カーゴの裾が冷えた。パーカーのポケットに手を突っ込んで、ムゥは空を見上げる。良い天気だ。今日は春物を出そうか。いや、まだ早いかな。それより溜まった洗濯物をやっつけてしまおう。
青く。遠く。抜けるような空は、あの頃と変わらない。
……この時期になると、遠い記憶が蘇る。
あれは春だったのか。それとも冬の終わりか。正確には、思い出せないけれど。
やけに肌寒い日だった。
深い森の奥に立っていた。
辺りは薄暗く、昼か夜かもわからない。見渡す限りの樹々の中、ただ自分ひとりきり。
木の葉のザワザワと揺れる音だけが、頭の中に木霊する。
……此処は何処? どうして、こんなところへ……
振り返ろうとして、風が吹いた。ハッと息を止める。
そうだ。私は。逃げていたのだ。
追われる恐怖に背中を押され、ムゥは駆け出していた。あてなどない。
でも逃げなければ。早く逃げなければ。遠くへ。少しでも遠くへ。
落ち葉を蹴り上げ、小枝を踏み折り、ただひたすらに駆けた。
何度も躓き、転びながら。それでも足を止められない。ムゥは森の中を駆けた。
駆けても駆けても駆けても駆けても。
駆けても駆けても、森の中。
やがて、力尽きて倒れ込んだ。
仰向けになって見上げた空に。白い欠片が舞っていた。
それが桜だったのか。雪だったのか。どうも思い出せない。
あれから、長い年月が過ぎた。
以来、ムゥがこの森を出ることはなかった。
本当に、ただの一度も。一歩たりとも出ていない。
出られないのである。
初めの頃こそ、外の様子を窺うべく、出口を探して歩き回ったものだ。しかし、それが単なる体力の無駄遣いであることに気付くのに、さして時間は掛からなかった。
この森は、夜になると地形が変わるのだ。
なにせ樹の奴が勝手に動き回る。
例えば、東を目指して真っ直ぐに歩いたとしよう。分かれ道に来るたび、樹の幹に印を付ける。しばらく歩くと、今この手で自分が付けたばかりの印を見付け、溜息を吐くことになる。更に歩けば、出発地点に生えていた樹が、ひょこひょこと根を足のように使って移動しているのを目撃し、うんざりして座り込む次第となるわけだ。
それならばと、夜明けから日暮れまで歩き通してみたが、これも駄目だった。森は深く広大で、とても1日で踏破出来る代物ではない。尤も、今思えば、やはり同じところを延々と巡っていたのかもしれないが。
幸い、衣食住に必要な物は、なんとか調達が可能だった。ならば本拠地を確保し、じっくり腰を据えて対策を練るのが得策。そう考えて小屋を建てた。男の一人暮らし、ベッドと食卓があれば事足りた。立派な掘っ立て小屋である。まさか人数が増えて増築する日が来ようとは、あのときは夢にも思わなかったな。
不思議なことに、家路を迷う経験は一度もなかった。地形は相変わらず好い加減であるものの、帰ろうという心積もりで歩いていれば、必ず我が家に辿り着く。其処へ行きたいとの意思さえあれば、途中経路や所要時間はどうあれ、目的地に到達出来るらしい。しばらくして、その法則を掴んだ。
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