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シリーズ:先割れスプーン
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先割れスプーン

作者:比良坂

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
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    ここらに引っ越してきて二か月。僕は、今にも崩れそうな廃屋に住むA子と出会い、親しくなった。とても魅力的な女の子だが、不思議なことに、A子の眼帯はいつも片目だけ塞いでいたし、噂好きのオバハンが言っていたように、日によって右だったり左だったりと、眼帯を塞いでいる目が違うのだ。


    登録ユーザー星:2 だれでも星:10 閲覧数:128

    先割れスプーン 7998文字

     

     人の行動には理由がある。大抵の場合、その行動は理性と自制を伴うものだが、どうしても理解できない行動をとる人が存在するのもまた事実なのだ。


     近所に若い女が住んでいる。彼女は今にも崩れそうな廃屋に住んでいて、身寄りは誰一人としていない。

     僕がここらに引っ越してきて約二ヶ月、ようやく環境にも慣れてきた。ご近所さんの顔も覚え、周囲の人間関係も把握してきたところだ。今までは、すれ違う人、誰彼かまわず、「こんにちは! こんにちは!」などと馬鹿みたいな作り笑顔で挨拶していたが、それもなくなった。
     どこに越したとしても、お喋り好きで噂好きのオバハンはいるもので、ここらあたりも御多分に漏れず、前述の若い女……実名を出すのもなんだから、仮に「A子」としておこう……の話を頼みもしないのに、僕に聞かせてくれるのだ。

     出だしはこうだった。

    「あらぁ、こぉんな若くてイイ男が近所に引っ越してきてくれて心強いわぁ。今、おいくつ? お仕事は? 彼女とかいるの?」
     なんとも矢継早な質問で、僕は辟易し、しどろもどろになる。
    「ええっと……いや、あの……僕、実はそんな若くないですけど……」
     話の続きを期待する目で見つめられ、僕は仕方なく言葉を継いだ。
    「仕事は……大学の非常勤講師です。専門分野は精神医学。彼女は……っと。現在募集中、です」
    「あらぁ。素敵ねぇ! 頭もイイし、体も鍛えてらっしゃるのね! 体格いいもの! 年末の大掃除の時に、重たい家具の移動とか、頼んじゃおうかしら?」
    「全然構わないですよ。気軽に声、掛けてください」
     引きつり笑顔で答えつつ、一応、恩は売っておく。
    「あらあら。有難いわぁ……で、おいくつなの?」
     しつこい。この質問はかわしきれないと観念する。
    「……28です」
    「まあ。こんなイイ男を放っておくなんて、世の中の女は目がないわねぇ。私、こう見えて結構顔が広いのよ。誰か紹介してあげるわね」
    「あ。はあ……」
     実際、独身生活を謳歌している僕には要らぬお節介もいいとこだが、やはり、ここはオバハンの顔を立てて、至極真面目に頷いてみたりする。
     オバハンが、急に声のトーンを落とした。
    「あのね。ここだけの話なんだけど……」
     ほら出た。こういった女性が言う「ここだけの話」は、決してここだけの話ではない事は知っている……が、一応神妙な顔をして、コクコクと頷いてみたりする。
    「私から聞いたってことは内緒にしてよね」
     人差し指を「しーっ」というように唇に当てる。オバハンがやっても全く可愛くはない媚びた仕草だが、ここは百歩譲って目をつぶってやるとしよう。
    「あのね、あの家に若い女の子が住んでいるんだけど……」
     言いながら、僕が借りている家の斜め左向かいの廃屋を指さした。
    「はぁっ? あの家っ!?」
     僕は、思わず素っ頓狂な声を上げた。実際のところ、あんなボロ屋に人が住んでいるとは思わなかったから。
    「そうそう、あの家。あそこにね、若い女がたった一人で住んでいるの」
    「へえ?」
    「私は、こちらに二年前に越してきたんだけど。あの家に、人が出入りするのを見たことがないの。誰も訪ねてこない。あの子の友達や知り合いの人も見かけたことがない。お盆も年末もお正月も、ずうっと、あの子ひとりきりなの。変じゃない?」
    「うーん……まあ、確かに」
     曖昧に頷いたが、何かやむを得ない事情があって、彼女だけ残し、他の家族は別の場所に住んでいるのかもしれない。本人の強い要望で、「誰も訪ねてこないで」と通達しているのかもしれない。人の事情は様々なのだから、それほど気にすることもないように思うが。
    「でね。あの子、たまに見かけることがあるんだけど、いつも片目に白い眼帯をしているの」
    「はあ」
    「それが変なのよ。昨日は右目に眼帯をしていたかと思えば、今日は左目、という具合に、日によって眼帯する目が違うの。結構、可愛い子なんだけどね。何か、ちょっと変じゃない? ね、変じゃない?」
     オバハンは「変じゃない?」を繰り返す。
    「はあ……『白い眼帯の美女』ですか。なんか、サスペンスドラマにでも出てきそうな感じですね」
     僕が茶化すと、オバハンは妙に真面目な顔で言い返してきた。
    「とにかく、あの子には気をつけた方がいいわ」
    (気をつけろ? 一体何に、気をつけろっていうんだ?)


    「どわっ!」
     ビニール袋が破けた。あっと言う間に、破けた箇所から中身が飛び出して、アスファルトの路面に生ごみが散乱した。
     今朝は、生ごみの収集日だ。回収車の時間に間に合わないと焦って、家から猛ダッシュしてきたが、100均の薄いビニール袋が破れてこのザマだ。
     散乱した生ごみを掻き集めようと屈んだとき、「おはようございます」という涼やかな声が聞こえた。目線を上げると、あの廃屋に住んでいるA子が僕のすぐ目の前に立っていた。
     噂好きのオバハンに聞いたとおり、片目に白い眼帯をしている。今朝は右目だ。
    「ど。どうも」
     僕は、やや警戒しながら挨拶を返した。どれだけ変わった女なんだ?
    オバハンの話では、もう少し年上の女性を想像していたが、実際、近くで見てみると、どれだけ上に見積もっても20代前半だ。
     くりっとした黒い大きな瞳で僕を見つめてくる……といっても眼帯をしていない左目しか見えていないのだが。
    「カラス、この辺多いんで。ごみを捨てたら、すぐにこの網をかけて、網の周囲に重しを置いておかないと駄目ですよ」
     A子は言いながら、ごみ集積所に備え付けの緑色の網を指さした。そう言うそばから、大きな黒いカラスが頭上すれすれにかすめて下りてきて、散乱した僕の生ごみの一部を、さっとくちばしで拾って飛び立った。
     すっ、と僕の傍にA子が屈んだので、僕は柄にもなくビクリと体を震わせた。
    「拾うの、手伝いますね」
     そう言って、生ごみを素手で拾おうとするので、僕は慌てて止めた。
    「うっわ! き、汚いんで! 手、手! 手が汚れます……ほほほほほんとに大丈夫です、僕、拾うんで!」
     僕の慌てぶりが余程おかしかったのか、彼女はふふふっ、と上品に笑った。A子の笑顔が思いもよらず可愛らしかったので、彼女に感じていた嫌な印象が忽ちのうちに霧散した。
    「それじゃあ、ウチからホウキとチリトリを持ってきます。ちょっと待っててください。考えてみれば、手で全部拾うのは無理ですし」
     立ち上がりながら、A子は言った。辺り一帯のアスファルトの路面に散乱している非常に細かな野菜屑に、彼女の視線が合わされる。ぷうーん、と生ごみの臭いが漂ってくる。
    「た……確かに、手で全部拾うのは無謀っすね!」

     その後、A子が自宅から持ってきてくれた掃除用具で野菜屑を掻き集め、事なきを得た。
    「どうも、ありがとうございました」
     相手が若い女の子だからとはいえ、「徳と礼を失すれば、恥なくて且つ格(ただ)しからず」と言うし、孔子の論語を常用読本として重んじている僕(冗談だ)としては、A子に深々と頭を垂れて礼を述べた。
    「僕、最近、引っ越してきた○○って言います。これから、どうぞよろしくお願いします」
     僕の方も実名はヤバいから、「○○」で表記させて貰おう。
    「私は……」
     A子は実名を名乗り、「あのぉ……私こそ、よろしくお願いします」と言いながら、ぺこりとお辞儀をする。その仕草が何とも女の子っぽくて可愛らしく、僕は自分の頬が少し緩むのを感じた。
    「あ。ご丁寧にどうもどうも」
    「いえ、こちらこそ」
    「いえいえ、僕の方こそ」
     幾度かの言葉の掛け合いで互いに頭を下げ合っているうちに、なんだか急に可笑しくなった。二人で顔を見合わせて笑い合う。出会いからここまで、ごく自然な流れだ。
    「弟は、家では『A子』って呼び捨てにするんです。○○さんも、そう呼んでくださっていいですよ。○○さん、イイ人そうだし、これから仲良くなれそうだし」
    「え! 呼び捨てなんてとんでもないですよ。あー……じゃ、A子さん? あ、でも僕よりは明らかに年下ですよね、だったら、A子ちゃん、って呼ばせて貰おうかな?」
    「はい。いいですよ。ちなみに私、21です」
     A子はにっこりした。この笑顔が、また可愛い。
    (なんだ、良い子じゃないか。噂と実物は大違い。あのオバハン、根も葉もないことで騒ぎ立ててるだけじゃないか!)

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    コメント

    • 審査員特別賞、本当にありがとうございました! 受賞の発表を何度も見直し再確認した後、ジワジワと喜びが込み上げ…「やったあああ!」と叫んでしまいました。贈っていただいた健康グッズも嬉しいです。これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します!
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    • 比良坂
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