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シリーズ:オウモノ・オワレルモノ
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オウモノ・オワレルモノ

作者:松明

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
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    殺した女の幽霊から男は逃げ続ける。
    海外へ、月へ、そして遥かな宇宙へ……


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    オウモノ・オワレルモノ 6381文字

     

     殺すつもりがなかった、と言えば嘘になる。
     でも、望んでいた結末ではなかったというのも本当だ。
     俺は手に持ったやけに重いトロフィーを見た。ワインを注ぎそこねたようにカップの縁が赤く濡れている。
     足元に倒れている澪子は、くの字に身体を折り曲げてぴくりとも動かない。頭部からじわじわと広がる血がベージュのカーディガンとロングスカートを濡らし、絨毯を赤黒く染めて俺の爪先まで届いた。
     どうしてこんなことになってしまったのだろう。ほんの一時間前まで今度の旅行先について話し合っていたはずなのに。
     とにかくこの場を切り抜けることを考えなければ。逮捕されるわけにはいかない。俺は今の生活が好きだったし、この街が大好きだった。ふたりで国の内外を問わずいろんな場所を旅して、刺激的な思い出を持って帰ってくるたび、俺たちを何ひとつ変わらない顔で迎えてくれるこの街がいとおしく思えた。
     そうだ。だから澪子が「ねえ翔馬、そろそろ引っ越さない?」と切り出してきたとき頭に血が昇ってしまったのだ。
    「どうせどこに住んでもいい仕事でしょ? こんな中途半端な田舎のマンションじゃなくてさ、大作家らしく東京におっきな豪邸立てようよ」
     俺は動かない澪子をごみ袋に詰めて、車で山に捨てた。
     血で汚れた絨毯を捨ててトロフィーを念入りに洗い、俺はいつもの生活に戻った。
     いや、戻れなかった。
     朝食を作ってくれた澪子はいない。仕事中にコーヒーと自作のクッキーを書斎に運んでくれる澪子も、夕食にアルコールを飲み交わす澪子もすでにいない。
     三年続いてきた幸福な生活は壊されてしまった。
     俺自身の手によって。
     しかも現実の脅威が迫っていた。俺と澪子は籍を入れていなかったが、三年ほど同棲していることは周知の事実。彼女の友人が澪子と連絡がつかないと気づいたら、真っ先に疑われるのは俺だ。
     身を隠さなければならない。
     どこに?
     せっかく築き上げてきた立場を捨てて、どこに逃げるんだ?

     混乱してパニックになった俺はとりあえず東京に飛んだ。脳みそをクールダウンさせて具体的な方針を立てるつもりだった。
     東京の空気はどんより濁っていて、どうして澪子はこんな場所に住みたがったんだろうと不思議に思った。俺の骨を埋める土地にふさわしいのはあの街だけだ。
     新宿をぶらぶらと歩いていると、見知った顔に出くわした。
    「鹿川?」
     俺が呼びかけるとそのスーツ姿の若い男はびくりと足を止め、振り返った。
    「……翔馬か、ひ、久しぶりだな」
    「高校以来だから十年ぶりだ。……っていうかどうしたんだよ、おまえ変だぞ?」
    「な、何の話だよ」
     鹿川は革のバッグをきつく握りしめて肩を怒らせていた。
     俺はその両肩をつかんで路地裏に連れていき、何があったのかと訊く。
     長いためらいの末、鹿川はやっと話し始めた。
    「……俺、人を殺したかもしれない」
    「誰を?」
    「飲み会の帰り道で同僚と喧嘩になったんだ。俺は肩を突き飛ばしただけなのに、野上は後ろにすっ転んで、頭をブロック塀に打った。そしてまったく動かなくなった。俺、怖くなって逃げちまったんだ。……なあ、どうすりゃいいんだよ、翔馬」
    「落ち着け。誰も見てなかったなら、おまえが殺したという証拠はない。警察が来ても知らぬ存ぜずで通せ、いいな?」
    「あ、ああ……」
     俺たちは鹿川の部屋に上がって飲むことになった。殺人のショックが引かない鹿川を落ち着かせるにはアルコールが一番だと思ったのだ。作戦がうまくいって彼が寝入ってしまうと、俺もごろりと横になった。

     夜中、すさまじい悲鳴で目を覚ました。
    「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁうぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
     およそ人の発する声ではない。慌てて部屋の電気をつけるとベッドで鹿川がのたうちまわっていた。顔は青黒く鬱血し、皮膚がささくれ破けるほど首を掻きむしっている。
    「おい鹿川、大丈夫か!」
    「……ぐぎゃぁぁぁぁぁぁのがみぃぃぃぃぃやめろぉぉぉぉぉぉっ!」
     暴れる両手を抑え込もうと力をこめるが、とんでもない力で跳ね飛ばされてしまう。
     したたかに打った後頭部を押さえながらよろめき立ち上がったとき、悲鳴が止んだ。
     鹿川は死んでいた。

     ぼんやりとした頭で通報すると、すぐに救急隊員と警察官がやってきた。
     俺は警察官にありのままを話した。
     鹿川は「野上」と叫びながら死んでいきましたよ、どうやらうっかり死なせた同僚みたいですね、呪われたんでしょうか、と半笑いで。
     警察官はそんな俺を咎める様子もなく、重々しく頷いた。
    「なるほど。でしたら、死者の呪殺ということでしょうね」
    「はあ?」
     そのとき部屋に入ってきたのは禿げた老人だった。
     和装と丸眼鏡があいまって、うさんくさい霊感商法で生計を立てていそうな雰囲気だ。
    「呪殺について知りたいのかい?」
    「ええと、あなたは?」
     私はこういう者だよ、と名刺を渡される。
    『霊界アドバイザー・御神高仁』
    「死んだ者の魂はまもなく消滅するが、殺された者、強い怨念を持った者の魂は、肉体よりさまよい出て霊魂となる。霊魂は自分を殺した者に引き寄せられ、そいつを呪い殺すと同時に消滅する。いわゆる成仏というやつだ」
     と、御神老人は勝手に講釈を始める。
    「だが、霊魂を維持するためのエネルギーは膨大でな、たいていは本懐を遂げる前にガス欠で消滅してしまうのだ。そこで、私の発明した〈霊力結界〉が役に立つ。霊魂は結界からエネルギーを受け取りつつ移動できるから、確実に犯人を仕留められる」
    「そんな与太話、信じられませんよ」
    「ほう。ではこの事件をどう説明する? 私は政府の協力を得て、一ヵ月前から東京全域に〈霊力結界〉を張り巡らせておるのだ。今や、日本の全都市に〈結界〉が設置されつつある。無念のうちに死んでゆく魂がゼロになる日も近い」
     全都市だって? そんな話聞いたこともないぞ。
    「はあ……ですが、それに何の意味があるんでしょうか」
    「君は何を言っておる。人類の長い歴史において殺人がなくならなかったのは、死者が復讐できないからだった。だが今は違う。死者は己を死に追いやった犯人を必ず見つけ、呪い殺すのだ。こいつは殺人に対する大きな抑止力となる。革命的とは思わんかね?」

     警察から解放されると、俺は急いで家に戻った。
     調べてみると、〈結界〉の建設はこの街でも急ピッチで進んでいるようだった。澪子を埋めた山もあと数日で領域内に入る。死体を掘り出して移動させる暇はない。どのみち、どこに移動させても〈結界〉からは逃げられないのだ。
     マンションを引き払い、成田からハワイ行きの国際便に飛び乗った。
     ビジネス席に腰を沈めてほっとひと息。飛行機が動き出してから窓の外を見ると、滑走路を人が歩いていた。
     よたよたとおぼつかない足取りの女。
     顔の半分は真っ赤に染まり、ベージュのカーディガンの袖先からアスファルトに赤いものが散る。髪は凝固した血でごわごわと逆立っていた。
     澪子だ。
     俺の膝はがくがくと震え出した。
     早く、早く飛んでくれ!
     願いが通じたのか、飛行機はエンジンを高鳴らせると加速を始めた。血塗れの人影が窓の端に消え、景色が青に塗りつぶされて、ようやく俺は正常な呼吸を取り戻した。

     ハワイでの二週間は平穏そのものだった。
     澪子がいないことを除けばいつもの休暇と変わらない生活。
     しかし、今は新たな日課があった。インターネットで〈結界〉の建設状況を調べることだ。〈結界〉は世界の国々に広まっていてアメリカも近々導入するらしい。世界各国の囚人たちはぞくぞくと「呪殺」の餌食になり、殺人事件の件数も減少しているという。
     世界は確かに良くなりつつあるのかもしれない。その良くなった世界から俺は追放されてしまったわけだ。排除すべき「汚点」として。
     いつまでもハワイでぼんやり暮らしているわけにはいかない。
     近い将来、海を越えて澪子が俺を殺しに来るのだから。
     俺は考えに考えて、〈結界〉を導入しそうにない国をピックアップしたが、ハワイ滞在中にほぼすべてが敵の手に落ちてしまった。今のところ海には手が届いていないようなので、ハワイ諸島を〈結界〉が覆う前日に大型クルーズ船で海に乗り出した。

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