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シリーズ:守り神
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守り神

作者:三塚章

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
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    新しく引っ越してきた家には出るらしい。


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    守り神 3563文字

     

     例えば、夜中に髪を洗っていると、背後から感じる視線。トイレに行こうとしたとき、廊下の角のむこうから聞こえる、歩いているような床板の軋み。
     引っ越し先で私が感じた違和感は、そんな小さなものだった。けれど、どれほど些細なことでも、そんなことが何度も続くとさすがに少しずつ神経がすり減っていく。
     私は夫と別れ、一週間前から娘の理子(りこ)と古いアパートで新しい暮らしを始めたばかりだ。だから、近所に頼れる人どころか知り合いもなく、遠方の友人に相談するしかなかった。
    『でも、それって勘違いじゃないの?』
     受話器から聞こえる友人の声は、少し呆れているようだった。
    『離婚して、環境が変わって、少し神経質になってるのよ。夏バテもあるんじゃない? 近頃暑いし』
    「で、でも、こないだ呪文みたいなモノも聞いたのよ」
     台所のイスに腰かけて話す自分の声は、少し力がなかった。
    『呪文?』
    「ひょっとしたら、歌かも知れなかったけれど……夜、水飲みに台所へ行ったとき、娘の部屋から聞こえてきたの。テレビの音でも、もちろん理子の声でもな……」
     ぺた。下の方で、何か小さな音がした。視界の右隅に、床を踏む裸足の爪先が見えた。どう見ても血が通っているとは思えない、蒼黒い皮膚の色。
     思わず息を?んだ勢いで、喉が不自然な音を立てた。鼻の奥で、生臭い匂いを嗅いだ気ぐ。
    私はゆっくりと爪先の方に視線をむける。
    『ちょっと、どうしたの?』
     恐る恐る、顔を上げる。腐った両足、白いワンピース。何者かが、台所に立っていた。細く、これも腐った両腕、胸元あたりの、乱れた髪の先。
     受話器を持つ手が震える。
    『ねえ、ちょっと! しっかり!』
     友人の大きな声で、ハッと我に返ると白い服の女はもう消えていた。
     私は、いつの間にか驚きと恐怖で荒くなっていた呼吸を落ち着かせようとした。
    「どうしたの? お母さん」
     すぐ娘が心配そうにやってきた。
    「大丈夫、なんでもないの。大丈夫、大丈夫……」
     自分に言い聞かせるようにして、私は理子の頭をなでた。

     気持ち悪いとは思ったものの、残念ながらすぐに引っ越しできるほど金銭的な余裕はない。しばらくはここに住み続けるしかない。
     幸い仕事が見つかったのには安心したが、それは同時に理子と一緒に居られる時間が少なくなってしまうということだ。それが心配でたまらなかった。今のところ、理子に変わった様子はないけれど、子供の方がこういった事には敏感だというし。
    「ねえ、理子ちゃん、お母さんこれからお仕事行かなくちゃならなくて、学校から帰ってからしばらくお留守番になるけど、大丈夫かな」
    「うん、大丈夫だよ! もうすぐ七歳になるんだもん!」
     そう、理子はあと三日で七歳になる。あとでケーキを買ってきてあげないと。
    かわいい笑顔を見ているうちに、なんだか心配事が軽くなった気がした。きっと、幽霊なんてない。引っ越しの疲れで勘違いをしただけ。きっと、ただそれだけの事。私はそう思い込もうとした。
     
     警察から電話がかかってきたのは、スーパーでレジ打ちをしていた時だった。
    「あなたに電話よ。警察からだって」
     同僚が心配そうな、けれど隠しきれない好奇心が混ざった顔で教えてくれた。
     嫌な予感に襲われて、全速力で事務所にかけこみ、保留になっている受話器をつかみ取る。
    娘に何かあったのだろうか? ひょっとして、事故か何か? それとも、火事。この時間帯、娘は学校を終えて家にいるはずだ。何かあっても助けてくれる人はいない。
    『もしもし、理子ちゃんのお母さんですか?』
     落ち着いた相手の声が、逆にこちらをいらだたせる。
    「は、はい。理子に何かあったんでしょうか」
    『お宅に、泥棒が入ったんですよ。そして理子ちゃんが刃物を持った犯人と鉢合わせして……』
    「それで、それで理子は無事なんですか!」
     私の言葉は、半分悲鳴になっていたと思う。
    『ええ、娘さんは隣に逃げて無事です。危ない所でした。あの犯人は、前にも忍び込んだ家の住人を刺し殺そうとした前歴があって……とにかくご帰宅ください』

     帰ってくるなり、私は理子を抱きしめた。腕に伝わるぬくもりに恐怖と緊張がゆっくりと溶けていく。
    「大丈夫? 理子」
    「うん! おばさんが助けてくれたから!」
    「おばさん?」
    「うん、長い髪のおばさん!」
    「え?」
     私は思わず娘を見つめた。
     娘の説明はこうだった。
     物音がして、様子を見に自分の部屋からでたら、お母さんの部屋に知らない男の人が立っていた。男の人は、ナイフを持っていて、こっちに向かってきた。けれど『おばさん』が理子をかばうように廊下から『生えて』きた。それを見た男の人は、びっくりして逃げて行ったという。
     たまたま刃物を持って逃げる男を目撃した隣人が、理子を保護してくれたそうだ。
     台所で見た、白いワンピース姿が頭に浮かぶ。
    「あの幽霊が理子を守ってくれた……?」
    「それだけじゃないよ。夜にね、お父さんのことを思い出して悲しくて死んじゃいたくなったとき、おばさんがそばにきてくれるよ。何も言わないけど、ニコニコしてはげましてくれるよ」
     あの幽霊は理子の前にも現れていたのか! でも理子を脅かすようなことはしていないようだ。それどころか悲しむ理子を慰め、強盗から守りさえしてくれた。
     でも、あの幽霊と私達はなんの縁もないのに……

     それから、私は隣の部屋へ理子を助けてくれたお礼をしにいった。そこの奥さんから聞いたのは、こんな話だった。
    私が住んでいる部屋には以前、私達と同じような母と娘が住んでいた。だが、ある日娘が階段から落ちて亡くなってしまったという。そして母親は数日後、その現実を受け入れられずに台所で毒を飲んで自殺してしまったらしい。
    「ミズエさん、ああ、その母親なんだけど、明るい人だったのにね」
     そうお隣さんは言っていた。
    「よく、部屋から英語だか何だかの歌を歌っているのが聞こえてきたわ。あの女の子もかわいそうだったわよねえ。もう少しで七歳の誕生日なんだって喜んでたのに」

    『きっと、母親として娘を守れなかったのが悔しかったのね』
     その夜、私の話を聞いた友人は、電話越しにそう言った。
     理子はもう部屋で眠っていて、時計の音が静かに響いている。
    『だから、同じ年頃の理子ちゃんの事を強盗から守ってくれたのよ。守れなかった娘さんの代わりに』
    同じように子供を持つ者として、母親の無念は良くわかった。考えたくもないが、もし理子が事故死をしたら、私も自分を責めるだろう。そして、ミズエと同じように生きていられないに違いない。
     そして、こう願うかも知れない。これ以上、不幸な事件や事故で命を落とす子供がいませんように。強い無念が死人をこの世に留まらせるのなら、こういった願いも人が幽霊になる理由になるのかも知れない。
    『ひょっとしたら、理子ちゃんを自分の娘だと思っているのかも。なんにしても、死んでからも子供を守るなんて、守り神みたいなものじゃないの』
    「うん」
     これから私達はここで暮らしていくだろう。悲しい過去を持つ守り神と一緒に。
    『あ、そうそう。そういえば、理子ちゃん確か明日が誕生日だったよね。おめでとう』
    「ありがとう」
     私はお礼とあいさつをして、電話を切った。
     ふと時計に目をやれば、あと三分ほどで日付が変わる。カチッ、カチッ。小さいけれど着実に進む秒針の音。離婚を含め、ここ数か月は本当に大変だった。これからは、穏やかな日々が続けばいいけれど。
     網戸の窓から、涼しい風が吹き込んできた。どこからか、歌のような物が聞こえてくる。歌詞の内容は聞き取れない。外国語なのだろうか?
     ひょっとして、ミズエさん? 彼女はよく、部屋で歌を歌っていた、と隣人は言っていた。
     黒い髪の、白いワンピースを着た母親の姿が私の頭に浮かんだ。彼女は理子に似た子供をベッドに寝かしつけている。小さく、異国の歌を歌いながら……
    しかし、歌にしては抑揚がない。やっぱり、なにかそう、呪文のような。
    どこからか、風に乗ってふわりと一枚の紙が落ちてきた。天井にでも貼ってあったのだろうか?
    「何かしら」
     私はその紙を拾った。小さな赤い字で、何かがびっしり書かれている。

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