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シリーズ:優しい雨に包まれて
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優しい雨に包まれて

作者:真昼

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
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    五年前に両親が亡くなって以来、兄と二人で駅前のパン屋を営む小橋 朝樹。閉店後も何気なく開けていた店に、何度か来たことがある男、矢野が客としてやってくる。雨に濡れたコートを脱いで裏返し、店内を濡らさないように気を使ったその男に、朝樹は好感を持つ。やがて矢野は、パン屋が儲かっていないと聞いて店の経営をバックアップしたいと言い出した。不審に思いながらも矢野の提案を聞き入れた兄が、朝樹は全く知らなかった両親が亡くなってからの店の秘密を語り始める。


    登録ユーザー星:17 だれでも星:51 閲覧数:2581

    優しい雨に包まれて 107957文字

     

    雨の日は嫌いだ。



    今日は朝から冷たい雨が降っていた。少し大降りになったり小降りになったり、止むのかと思ったらまたザーッと降り出した。こういう日は絶対的に客が少ない。

    元からそう繁盛している店ではないが、この五年というもの兄と二人で必死でやってきた甲斐があり、かろうじてパートを二人雇い、兄と二人でつつましく暮らして行かれる程度の売り上げが上がるようになってきた。東京とは言え『区』ではないとある市のとある町。JRは通っているが急行は止まらない、そんな場所でも駅前に一軒パン屋を構えるのは大変な事なのだ。

    雨にもいろいろある。うだる暑さの夏、夕方になっていきなり降ってくる土砂降りの雨は嫌いじゃない。真冬の寒さの中、皆しっかりと防寒着に身を包み、朝から降っている雨が雪に変わるかもしれないと期待するような雨も。
    でも今日は一日中夕方みたいに薄暗く雲が垂れ込めていた。季節を一つ巻き戻してしまったような寒空。せっかくしまいこんだ冬物を引っ張り出して羽織るようなこんな日は、皆早々に家に帰ってしまい、わざわざパン屋なんか立ち寄る人は少ない。

    それに粉には大敵の湿気のこともある。主にパンを作っているのは俺の兄だが、俺ももちろん粉と水の調整はする。でも兄みたいに粉の気持ちを読むような絶妙な水加減は俺にはできず、いつも兄に怒られてしまう。
    もっともこんな日は最初から沢山は作らないから、今日は店の方へ行っていろと早々に調理室を追い出され、俺は一日店番をしていた。


    そういや、親父とお袋が亡くなったのも雨の日だった。あまり思い出したくない事だから、俺は急いで座っていた椅子から立ち上がった。

    時計を見上げるともう夜の九時を回っていた。この店には決まった閉店時間はない。一応夜7時までは開けてある。だがそれ以降はパンの残り具合と、俺が暇かそうでないかにかかっていた。7時までにあらかた売り切れていれば店を閉めて残ったパンは次の日売れ残りパンとして四つ500円くらいの値札をつけて店に出す。たくさん残っていれば店のシャッターは半分開けておいて、俺は店の奥にある居室に戻り、テレビを見ながら客が来れば店に顔を出した。

    兄はその間、明日のパンの仕込みに入っていた。兄は総菜パンの中身も作ってしまう本当の職人だ。仕事が好きで、パンが好き。パン屋で育った俺だってかなりのパン好きではあるが、この兄には絶対に勝てないだろうと思う。



    カラン、と音がして、雨の音が店の中に入ってきた。
    客だ。

    俺はショーケースのガラスを拭いていた手を止め、振り返った。


    「いらっしゃいませ」

    「・・・こんばんは」

    薄いコートに細かい雨の霧をかぶった客の男は、店に入る前にコートを脱ごうとして立ち止まっていた。


    「いいですよ。そのまま」


    俺は笑顔で言った。こういう細かな気遣いができる人を俺はとても好ましく思う。このお客さんはよく見かける人だ。ちょっとだけ映画俳優のユアン・マクレガーに似ている。日本人なので顔は濃くないが、若いのに渋い感じとどことなく色気があるところが全体的に似ていると思う。洋画好きの俺はよく来るお客さんに勝手に外国の俳優の名前を付けて呼んでいた。この人はだから、ユアンさんだ。

    和風ユアンさんは駅の方からやって来て、駅の方へ帰っていく。駅の向こう側に住んでいる人なのだろうと俺は勝手に思っていた。
    ユアンさん・・・いや、その男性客はそれでもコートを脱ぎ、几帳面に裏返して腕にひっかけた。


    「・・・あの、食べて、行きたいので」
    「ああ。はい」


    男の言葉に、俺は仕切りの向こうのカウンター席に目をやった。簡単ではあるが、数席座って食べられる場所を設けてある。昼時は大抵駅の近くにある銀行の銀行員や、駅ビルのテナントの店員が座って食べていく。午後はママ友なのか主婦が数人組でやって来てパンを買い求め、無料でサーブしているコーヒーにアップルパイなどを取り出して喋りながら食べている。

    この客がここで食べて行ったことは、思い出せる限りでは、なかった。とは言え昼間と夕方パートの人を雇って売り子をしてもらっているので、その間奥に引っ込んでいる事もある俺は全ての客の動向を把握しているわけではない。
    そして夕方には一人暮らしの学生や単身者らしい会社帰りの人たちが、夕食代わりのパンをここで食べていくのだ。それでも俺は常連客の顔や好みのパンはほとんど頭に入っていたし、この客がいつごろから来はじめたかも覚えている。

    そういうきめ細かい接客はお前に負けるな、と、ほとんど俺を褒めない兄がそこだけは褒めてくれる、俺の唯一の特技だった。


    「ごめんなさい、ごぼうパン終わっちゃいました」


    ざっと売り場を見渡した俺は言った。このお客さんは、ほとんどの場合ごぼうパンを買ってくれていた。縦四分の一くらいに細くしたごぼうを天ぷらにして乗せて焼いてある、オリジナルのパンだ。かなり食べごたえがあり、腹もちもする。


    「あ、いや。いいです。それなら他の」
    「新作の焼カレーパン、好評ですよ。野菜ゴロゴロ入ってます」
    「はい」


    客が頭を下げたので、俺はそれ以上邪魔しないようにカウンターの方へまわり、テーブルの上を綺麗に拭いた。椅子を並べ直し、レジに戻る。


    「すいません、片付け中に」


    気付くと男は申し訳なさそうに立っていた。


    「やっぱり家で食べるので、包んで下さい」
    「え、いいんです、違います。大丈夫ですよ。どうぞ使って下さい」


    俺は慌てて手を振った。俺が閉店準備をしていると思ったのだろう。それにしても、よく見れば結構背の高い、体つきもがっしりした大きな男だ。太っているわけではないが全体的に大きな印象を与える男が、体を縮めるようにしてすまなそうな顔をしているのはなんだかおかしい。やっぱりユアンさんだ。


    「・・・本当に、食べて行ってください。今日はお客さん少なかったから、サービスしときますよ」


    俺はレジに二割程度引いた金額を打ち込んだ。どうせ明日になれば4〜5個で500円のまとめ売りになるのだから、これくらい引いたって構わない。男がすまなそうな顔をしたので笑って首を振ると、ますます縮こまって見えるから笑いをこらえるのに苦労した。



    無料コーヒーはレジ横のテーブルの上に置いてある。パンを買ってくれた客には小さな紙コップを渡すので、客はそのコップに自分でコーヒーを注いでカウンターの方へ持っていくのだ。

    カウンターのコーナーは、亡くなった両親がパン屋を営んでいた頃は売り場の一部だった。コーナーの先は、今は締め切っているが二枚ガラスのドアがあり、その先は本来喫茶店になっていた。当時はパン焼き職人以外にスイーツの職人もいて、パンランチなども提供するちょっとしたカフェだったのだ。
    カフェの向こうには母が手づから育てていた小さな庭があった。暖かい季節には庭の方へも席を作り、明るい日差しの差しこむ庭でランチとしゃれ込む人も多かった。しかし今は、職人は兄(と俺)だけの小さなパン屋だから、カフェの方は閉めて広かった売り場を仕切ってカウンターにしているのだった。



    「どうぞ」


    しばらくして、俺は男性客がパンを頬張っているカウンターへ、自分で入れたコーヒーを持って行った。無料コーヒーはあるがそんなに高くない挽き売りのコーヒーだから、俺は自分用には自分で炒ったコーヒー豆をその場で挽いて飲んでいる。肌寒い日だったから、こんな日に訪れてくれた客を少しでも温めてやりたかった。

    男は驚いた顔で俺を見上げていた。自分のコーヒーと、俺の運んできたコーヒーカップを見比べている。

    「良かったら」

    俺は砂糖と温めたクリームも差し出した。自分でも飲むつもりだったから、二人分温めるのは手間ではなかった。

    「でも、いいんですか?」

    男は言った。俺は頷く。

    「ゆっくりしてください。俺、片付けしてるけど気にしないで下さい」
    「・・・ありがとうございます」

    男は短く言って頭を下げた。寡黙な印象の男だ。男のコートは裏地を外にして畳んであり、隣の椅子の上に置いてあった。コートの下はかっちりとしたグレーのスーツで、ブルーのネクタイが似合っている。一瞬どんな女が選んだのかな、と思った後から、一人でこんな駅前のパン屋で夕食にしている男に、果たして彼女がいるのだろうかと失礼な事を思った。

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    コメント

    • 一気に読んでしまいました!
      まだ余韻に浸っています…\(//∇//)\
      素敵な物語りをありがとうございました。
      かおり
      • 1 fav
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    • かおりさま、読んでくださって、楽しんでくださってありがとうございます。
      色っぽいシーンもあまりないので未だに不安な作品ですが、そんな風に一気に読んで頂けるとは、感謝の一言につきます。
      ありがとうございましたm(__)m
      • 0 fav

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    • 凄い、凄いです。もう、のめり込んで読んでしまいました。いいものを、ありがとうございました。途中、朝樹くんが矢野さんに捨てられたと思って泣き崩れるところでは、シンクロしてしまって、息が止まりそうなくらい切なかったです。はらはらして、辛かった!楓ちゃん、なんて素敵女子。とっても素敵な作品ですね~~。
      • 1 fav
      • Re 返信

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    • ささらさま、コメント入れてくださって本当にありがとうございます。
      のめり込んでだなんて、拙い作品に、嬉しい言葉をありがとうございました。
      楓ちゃんは書いていて楽しかったのでそんな風に言っていただけると甲斐があります。お兄ちゃんと幸せになってくれることと思いますv
      • 2 fav

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    作者紹介

    • 真昼
    • 作品投稿数:2  累計獲得星数:120
    • 大人になってから初めて知ったこの世界。読み手では足りなくなり、書き始めてから早ン年。自ら発信することも、萌を捜し歩くこともどちらも大好きです。
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