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シリーズ:桐火鉢幽霊図
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桐火鉢幽霊図

作者:能上成之

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
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    暇つぶしに入った画廊で、桐火鉢幽霊図という日本画に出会った――


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    桐火鉢幽霊図 3437文字

     



     暇つぶしに入った画廊で、桐火鉢幽霊図という日本画に出会った。
     そこに描かれている幽霊は三年前に死んだ姉に違いないと思った。
     白装束の下半身を血で濡らし、肉塊のような赤子を腕に抱いた凄まじい形相の女幽霊。
     青貝の螺鈿と金蒔絵を施した葡萄唐草模様の桐火鉢が、幽霊の薄く消えかけた足元に据えられていた――

              *

     三年前、姉は未婚のまま望んでいない子を宿してしまった。人知れず堕胎しようと自分で掻爬し、そして失敗した。
     土蔵の奥深く冷たく暗い場所で姉は息絶えていた。
     蔵に保管していた亡き祖母の荷物の中に桐火鉢があった。姉はそこに刺してあった火箸で胎児を処分しようとしたのだ。
     最寄り成功させるつもりなどなかったのだと思う。
     姉は自ら死を選んだのだ。
     両親はとても厳しかった。姉もわたしも厳格に育てられた。その状況下で姉が何ゆえ道を誤ったのかわからない。いや、そういう状況だからこそわざと間違った一歩を踏み出したのかもしれない。
     姉は両親に、特に父に反発していた。
     そんな姉でも未婚の妊娠はさすがに反発の度を超えていると思ったのか。死を選んだのはきっと父の激しい叱責から逃げたかったのだ。
     両親は姉の死を病死として扱い、世間から真相を隠した。生れ出ることが叶わなかった哀れな子供と共に。
     父は密かに姉の相手を探った。姉の知人をしらみつぶしに探していったがついにわからずじまいだった。
     相手は姉の死に様を知っていたはずだ。それに動じないとはよほどの冷血漢なのかと思った。だが、単に権力のある父を恐れただけだろう。出来るだけ自分の身を小さく小さく縮めていたに違いない。
     父は姉の相手が身近な者ではないと判断し、探すのをやめた。眉間に深い皺を寄せ、ふしだらな娘は私の娘ではないと吐き捨てて。
     姉のせいでわたしはより一層厳しく生活を管理されることになり、その結果、大学を卒業するとすぐ母親と伯母の決めた相手と結婚させられることになった。姉と同じようにつまらない男に引っかかることを恐れてのことだ。
     相手を知らされず、顔も見ないままで結婚を決められたが、何のことはないわたしが幼い頃から家に出入りしていた父の腹心の部下だった。ただひたすらまじめで、ただひたすら父に忠実な優秀な男だ。
     かなり年齢は離れていたが今まで独身でいて若く見えることと、何より父の信頼が厚かったので、母と伯母の眼鏡にかなったらしい。いずれは父の跡を継がせるつもりでいるのだろう。
     彼はわたしと結婚できることに大変驚き、そして喜んだ。
     幼い頃から西洋人形のようだと褒めそやされ続けてきたわたしは、厳しく育てられてはいたが両親の自慢の娘でもあった。凡庸な姉よりも、それはそれは大事に育てられた。
     彼は恭しい態度でわたしを妻にし、わたしの一族の未来を華々しく背負った。
     だが、夫は指一本触れることはなかった。大切に想い過ぎて生々しい振る舞いは出来ないというのだ。
     それでも構わなかった。わたしは男女の交わりや子を孕むことに恐怖していた。
     なぜなら、姉が死んだあの時、大騒ぎしていた両親たちの目をかいくぐり、姉の凄まじい死顔と下半身から肉塊を溢れ出させた無残な死に様を見てしまっていたからだ。
     姉はきれいな女性ではなかったが、さらに醜くなった姿にああはなりたくないと思った。このわたしが姉のようになるはずがないとわかっていながらも同じ血を持つものとして嫌悪を抱いた。
     だから夫に抱かれる夜がないことに不満はなかった。
     そう、なかったが……。
     一族の存続のため、わたしは子を産まねばならなかった。そのことを夫に伝えたが、彼は依然としてわたしに触れようとしなかった。
     夫はわたしのことを本当に愛しく想っているのだろうか……

              *

     それより、なぜ姉が幽霊画に描かれてあるのだろう。
     それが不思議でならなかった。あの件は限られた者しか知らないはずだ。その中に絵師はいない。仮にいたとしても、父の目があるうちは姉の絵など描くはずがなかった。
     画廊の支配人に絵師のことを訊ね、わたしはその絵師の元を訪れた。
     アトリエの奥から出てきた老絵師は幽霊のモデルは実在の人物ではないと笑った。『実在の』というところに含みを感じ、わたしは詳しく訊ねた。たぶん彼も誰かに話したかったのだろう。モデルは自分の前に現れた幽霊だと話し始めた。
     絵の題材を見つけるため骨董屋巡りをしていた絵師は、ある骨董屋で古風な火鉢を見つけたのだそうだ。
     いいものを見つけたと彼は火鉢を即購入した。その夜から女の幽霊が出るようになったという。それがこの絵のモデルだと薄く笑った。
     姉の死後、祖母の火鉢は処分された。どういうふうに処分したのかそこまで知らなかったが、それ相応のこと――寺で供養するなど――がなされていると思っていた。
     そうせめて火箸だけでも。
     だが、すべて骨董屋に売られていたなんて。
     姉が使ったあの血肉に塗れた火箸も世に出回っていたなど思いもよらなかった。
     幽霊は今でも出るのかと訊ねると絵師はわからないと首を横に振った。彼はすでに火鉢を手放してしまっていた。
     毎夜毎夜、女の幽霊が佇み、軋むような赤ん坊の泣き声が聞こえ、さらに血生臭いにおいがアトリエに充満するので耐えられなくなったという。
     絵を描き上げ、火鉢は用済みになっていた。元の骨董屋に持っていくと黙って引き取ったと絵師は笑った。
     まだ火鉢が骨董屋にあるのかどうか、わたしはそこまで確かめる気になれなかった。買い戻すつもりもない。 
     だが、絵は購入することにした。
     若い女がいわくつきの絵を購入することに、絵師は特に何も言わなかった。手続きは画廊のほうでやってくれと言うと、さっさとアトリエに戻ってしまった。わたしの持つ理由に興味がなかったわけではないだろうが、絵との関係を早く切りたかったのかもしれない。
     そして、桐火鉢幽霊図はわたしの手元に来た。

     幽霊図を自室でそっと開く。
     いつも父の後ろに付いている夫もあの時姉の死に様を見ていた。この絵を飾るわけにはいかない。見ればきっと姉だと気付くだろう。
     こんな絵を持っていると両親に知られるのは嫌だった。こっぴどく叱られ、きっと取り上げられ捨てられるに違いない。
     誰にも顧みられない姉と誰からも望まれず男か女かもわからない可哀想な子。たまに絵を開いて彼女らのために祈ろうと、その時はそう思っていた。

              *

     数カ月が経った。
     わたしは相変わらず夫の目を癒すだけの人形だった。
     母や伯母は、子供はまだかと急き立てる。わたしの気持ちなど考えもせずに。
     実は。
     わたしは初めて会った時から夫のことが好きだったのだ。
     真面目で優しい兄的存在の彼をわたしはずっと好きだった。そして今は夫として愛している。
     彼にとってわたしは尊敬する頭首の娘で、妻としても大切に想っていることは理解している。
     だが、わたしは人形ではない。
     夫の帰りはきょうも遅い。
     わたしは幽霊図を寝室の壁に飾り、ベッドに入った。
     常夜灯のオレンジ色に浮かぶ姉の幽霊は凄惨だが美しく見えた。
     布団に潜り目をつむる。
     姉の、あの時の声が聞こえてくる。
     土蔵の奥で、まだわたしの夫でなかった男と乳繰り合っていたときの姉の歓喜の声。
     そう、わたしは二人のやっていたことを覗き見て、姉の相手を知っていた。
     結局姉は見捨てられたが、生臭い行為で男から愛されていた。わたしは今もこれからもその男に大切に愛され続けていく。ただし人形のように。
     どちらが女として幸福なのだろうか。
     姉の恍惚の表情が目に浮かぶ。
     わたしはリモコンで常夜灯を消し、真っ暗な中で眠りについた。

              *

     夜中、車が戻り夫の帰宅した気配がした。足音がして寝室のドアがそっと開き、いつものように常夜灯が点く。
     わたしはそのまま寝たふりを続ける。
     夫の息を呑む声が聞こえた。
     そして悲鳴に近い叫び声を上げ、激しく家具にぶつかり寝室を飛び出していった。
     足音が遠のき、大きな音を響かせて玄関ドアが閉まった。
     車が鋭い音をたてて急発進する。ガレージか塀に擦りつけたのか、耳障りな音を引き摺ってエンジン音は消えていった。

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    作者紹介

    • 能上成之
    • 作品投稿数:42  累計獲得星数:464
    • 読むのも書くのも、年がら年中、ホラーです。ホラー馬鹿です。
      脳みそがすぐ忘却の彼方に行ってしまうので、いつでも読めるように気になる作家さんをすぐフォローしてしまいますが、フォロー返しに気を遣わないでくださいね。なぜなら、ホラーしか読まないから。
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