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シリーズ:日曜の朝にはコーヒーを
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日曜の朝にはコーヒーを 第2章(完結)

作者:里沙

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    就活に失敗して自宅で細々とピアノ教師をして生活している亨の元へ、エリートセールスマンの優留がレッスンを希望して訪ねてくる。亨に好感を持った優留は彼を食事に誘うが、実は優留は幼い頃の不遇が原因で精神不安定な部分を抱えており、その発作がきっかけで、優留は亨を衝動的に抱いてしまう。亨は優留を許せないと思う反面彼を忘れることができずに…
    (R18表現を割愛して掲載します)
    第2章連載最終回。亨は叔母の下見に付き合って行った介護付きマンションで優留に出くわすが…彼は亨の前から走り去った。
    たとえ受け入れられなくても自分の気持ちを伝えようと優留のマンションへ向かおうとした亨は…


    登録ユーザー星:9 だれでも星:19 閲覧数:2337

    日曜の朝にはコーヒーを 第2章(完結) 68105文字

     

    「T学園の教授でいらっしゃるんですか」
     九月に入って最初の土曜日、店頭で接客して契約をもぎ取った客の話から、あの学校の名前が出た。
     亨の出身校だ。
    「おや…知ってる?都内に住んでてもうちの名前は知らない人が多いんだけどね」
     歳は五十代半ばほどで控えめなフレームの眼鏡をかけている。品が良くいかにも大学の教授然とした男性だった。彼は契約書に記入している途中だったが、思わず顔を上げて優留の顔を見つめた。
    「名門校と伺っております。…冷たいうちに、どうぞ」
     接客ブースのテーブルにかけて向かい合う客に自ら給仕したアイスコーヒーを勧めながら、優留は涼やかな笑みを浮かべた。
    「失礼でなければ、ご専門を伺って宜しいでしょうか」
    「構いませんよ。…私はピアノ科で教えていましてね」
    「え」
     うっかり声に出してしまった優留は慌てて客に謝罪した。
    「申し訳ございません。実は私…最近趣味で少しだけピアノを習っておりまして…ご指導いただいている先生がT学園のピアノ科ご出身だそうで」
    「ええ、そうなの?」
     客は紙に万年筆を走らせる手を止めて、優留の話題に身を乗り出した。
    「それはまた偶然だねえ。その人いくつ?名前を聞いてもいいかな」
    「まだお若いですよ…って私とほぼ同い年だそうですが」
     優留は苦笑いしながら客の質問に答えた。この男に亨の名を伝えても彼の害にはなるまい、と考えたからだ。しかし鷲見俊和、と名乗った客は、優留の口にした名を聞いて更に驚いた。
    「松波亨か。よく覚えてるよ。私が教えていたから。ここで彼の名前を聞くなんて、今日は面白いことが重なるもんだ」
    「私も驚きました。本当に、すごい偶然です」
    「彼は元気ですか。その…自宅で教室みたいなことを?」
     鷲見は契約書の記入を続けながら、優留にかつての教え子の近況を尋ねてきた。
    「ええ。生徒さんの数はかなり多いんじゃないでしょうか」
     鷲見は、優留の話を聞いて目を細めた。
    「そうですか…そうか、ピアノを続けてたんだな」
     安堵したような表情だった。
     亨の話はそれきりになった。契約が成立し、人気車種のため納車が三か月ほど先になると優留が伝えると、鷲見は理解を示し、具体的な納車日が決まったら知らせて欲しいと伝えて店舗を出て行った。
     もっと鷲見から亨のことを聞いてみたかったが、それは客に対して逸脱した行為にあたる。優留は堪えて鷲見を見送った。
     そして鷲見が記入していった契約書にもう一度目を通して、彼の自宅が優留の実家に近いことに気がついた。自分の担当区域外だが契約を取った限りは最後まで責任を持たねばならない。納車の時も自分が行くことになるだろう。いい思い出が一つもない街に。
     あの夫婦は施設に入って、家は既に売りに出されているはずだ。
     優留は契約書に書かれた住所をぼんやりと見つめる。
     もう両親に関わることはない、永久に。どれほどその時が来るのを待ち望んできただろう。
     待ち望んで、ようやく叶ったのだ。
     それなのに…
     自分の中のどこかが痛む。針で突かれるように微かな…だけど決して見過ごせない、苛立つ感覚。
     この痛みの正体を、優留は知っている気がする。
     だが、それは彼にとって納得しかねるものだった。
     優留は苦々しげに唇を噛んだ。

    「…神崎さんて、こういうの興味あります?」
     翌週の月曜日、自宅へレッスンを受けに来た優留に、亨は一枚のカラーのチラシを見せた。
    「十一月三日にあるT学園の卒業生の演奏会です。年に一度、数人が選ばれて出演するらしいんですけど」
     毎年音大の同窓会から案内が来るが、亨本人も聴きに行ったことはない、と苦笑いした。
    「この手の演奏会は大体がチケットを捌くのが大変だから、うっかり関わるとチケットを束で押し付けられそうで…。でも今年は大丈夫かも」
     T学園の卒業生で、有名なチェロ奏者が特別出演するという。チラシにはそのチェリストの顔写真が大きく載っていた。まだ若い。しかも。
    「おお、すっごいイケメン…」
    「でしょ。僕より二つ上で、入学した当時はよく学校で見かけたんだけど、その頃からもうね」
     矢代広紀。国内で最も権威のあるコンクールのチェロ部門で既に優勝を手にしていた彼の存在感は圧倒的だった。その後留学して海外のコンクールでも入賞し、今は国内外で引っ張りだこの人気である。卒業生とはいえ、こんな地味な演奏会へよく出演を承諾したものだ。
    「松波さん、聴きに行ってみたいんだ」
    「チケットを回してもらえたらね…できれば間接的に。だから、その…」
     興味があるなら二枚頼めるかどうか聞いてみるが、と言われて優留は内心驚いた。 
     亨が、自分を誘ってくれるとは。
    「一人じゃ気後れしそうだけど、松波さんと一緒なら、ぜひ」
     嬉しくてたまらないのを必死で隠しながらも、優留は即答した。
    「そんな大した演奏会じゃないんですよ…今回は特別っぽいけど」
    「俺なんか誘ってくるところを見ると、イケメン狙いじゃないんだ」
    「何で僕が。でも矢代さんのチェロの音色は本当に好きだったな」
     才能にも容姿にも恵まれていたから、女子からのアプローチは凄まじかっただろう。しかし誰と付き合っているという噂はしばしば流れても殆どがガセだった。学校でも練習に明け暮れていて他のことへの余りの無関心ぶりに、同期生からは『残念な音楽バカ』呼ばわりされるほどだったとか。
    「まあ、そうじゃなきゃあれだけの実績は築けないんだろうなあ」
     一人納得したようにつぶやく亨を見ながら、優留は先ほどからずっと思っていたことを口にした。
    「ところで松波さんは…演奏会に出ることはないの」
     亨はその言葉にびくりと肩を震わせたが、すぐにそれを誤魔化すように苦笑いをして首を横に振った。
    「僕?全然ダメダメ。そういうの本当に苦手だから…」
    「そうかなあ。だって松波さん、いつも俺の目の前でどの曲でもさらっと弾いてくれちゃうじゃないですか」
    「それと大勢の人前で演奏できるのとは違いますって。とにかく僕は…人前では弾けない人間なんです」
     亨は日頃から自分を卑下するようなことを言いがちだが、これほどきっぱり自分を否定するのを聞いたことがない。
     何か嫌なことでもあったのでは…という考えが脳裏を掠めたが、優留はそれ以上追求しなかった。
     演奏会のチケットの話がひと段落ついたので、亨に促されて優留はピアノの前に座り、練習してきた曲を弾いた。曲は勿論、ベートヴェンの悲愴ソナタの二楽章である。
     自分で見よう見まねで練習を始めた時間も含めると三週間ほど、この曲と格闘してきた。しかし未だ全体の三分の一ほどをどうにか、指で音を拾える程度になっただけだ。ところどころ音を外しながら弾けるところまでをやっとの思いで弾くと、出来栄えのひどさに優留は大きく息を吐いて俯いた。
    「毎日…時間の許す限り練習はしてる…つもりなんだけど…」
    「一ヶ月足らずでここまで弾けたら十分。それに焦る必要ないし」
     傍に立って優留が弾く様子を見ていた亨は、全く上達しないと嘆く優留をそっと励ました。
    「とにかく、両手ばかりで弾き続けないで、徹底的に片手で弾く練習をしてください。今はまだ強弱も付けられていないけど、片手なら余裕があるから強弱も意識できるでしょう」
     この場でも片手で弾くよう促されて、優留は強弱をつけることも試みながらゆっくり右手だけを動かした。すると両手でがむしゃらに音を追っている時とは違うことを考えながら弾くことができる。しかし片手で弾いてみても必ず音を外してしまうところがあった。しくじるたびに顔をしかめる優留に、亨は更に助言をする。
    「神崎さんは手が大きいからちゃんと外さず弾けるはずですよ。どうして上手くいかないのか、ゆっくり考えてみて」
     一つ一つ確かめるように弾いてみると、つまずく所は指の関節がぐにゃりとして力が入っていないことに気づく。
    「そうそう、そこ。ベタ弾きになってるから音も外しやすいの。鍵盤と掌の間にもう少し空間を作って、しっかり鍵盤を押さえる。でも肩には絶対力を入れないで。指先だけ」
     いつも言われるのだが、指先に力を入れても肩の力を抜け、という感覚が、理屈ではわかる。しかし思った通りに手は動かず苦労する。

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    コメント

    • 10月2日のJ庭にも参加します。このお話の続編ぽい(単独でも読めるように書いています)作品を新刊で発行する予定ですが…まだ半分くらいしか書けてなくてかなり危険な状況…(涙)
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    • 3月21日のJ庭に参加します。このお話の完全版に興味のある方、同人誌の方ちらっとでも見てやって下さい。
      け 10b シンフォニック・エチュード でサークル参加しています。
      尚、このお話の続編にあたるものを準備しています。同じくらいの長編になりそうです。主人公はこの二人ではなく作中に出てきたあの人(笑)合わせて総勢6名のキャラクターが揃いました。公開は秋くらいになっちゃいますが、また宜しくお願いします。
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    • 三段腹さん はじめまして!コメントありがとうございました。ずっと読んでいただいて本当に嬉しいです。とても励みになりました。
      この二人はとても愛着のあるキャラクターなので、主役ではなくとも、いつか別の話に出せたらいいなと思っています。また頑張りますのでこれからもよろしくお願いします!
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    • 12月21日完結しました。長くて堅苦しいお話にずっとおつきあいくださった方々、本当にありがとうございました。12月29日冬コミ1日目にてこちらの同人誌販売します(笑)ばっさり割愛した場面が気になる方、ぜひ手にとって見てください!
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    • 里沙さんはじめまして。お話が更新されるのをいつも楽しみにしていました。
      やっとお互いの気持ちが通じ合った2人のこれからが読みたいなぁ…続編を期待しています‼︎
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    作者紹介

    • 里沙
    • 作品投稿数:25  累計獲得星数:117
    • 創作BL小説を書いています。一人で細々と同人誌活動しているので挿絵を描いてくれる人もおらず、自分で絵も描きます(笑)
      海外旅行大好きです。お金と時間をためてちょこちょこ行きます。リスボンの話は自分でかなり現地を歩き回ってきて書いたので風景描写は自信あり(笑)
      クラシック音楽好きで現代ものも時代ものも音楽ネタの話多いです…シリアスでやや純文学調?で長編が多いですがやっぱりBLです(苦笑)
      宝塚ファンなので、時代モノにはヅカ調モロ出しな雰囲気も…(汗)
    • 関連URL
      Pixiv:http://www.pixiv.net/member.php?id=6175166
      DLsite:http://www.dlsite.com/girls/circle/profile/=/maker_id/RG25987.html
      BOOTH:https://tkmania-symetude.booth.pm

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