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シリーズ:疾走する稲妻のように飛んでいけばいい、君は
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今日みたいに何も考えずに飛べばいいんだ

作者:木下季花

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    京堂朱音(きょうどう あかね)、白石響(しらいし ひびき)、平野凜花(ひらの りんか)の三人は、とても仲の良い親友だった。
    特別な事など起こらない日々の中、それぞれに好きなものに熱中しながら、三人は楽しく過していた。
    そんな中、朱音にとある能力が宿り、凜花もまた決断を迫られる状況に追い込まれ――


    自らの気持ちに悩まされながらも、しっかりと答えを探し出そうとする、親友を愛してしまった者たちのガールズラブストーリー。


    登録ユーザー星:1 だれでも星:1 閲覧数:167

    今日みたいに何も考えずに飛べばいいんだ 2674文字

     

     Scene.1 『今日みたいに何も考えずに飛べばいいんだ』


     京堂朱音は睨みつけるような表情で砂場を見つめている。
     もうすぐ日が沈もうかという時刻。
     静かにグラウンドに佇んでいる。
     運動部の掛け声が響いているが、彼女はそれに気を取られることなく、じっと砂場を見据えていた。
     小さく息を吸い込んで、微かに顎を引く。
     まるで何かが始まる合図のようだと朱音は思う。
     あるいは何かを始めようとする人が意識的にやる動作のようだ。
     朱音はそう思いながら、一瞬だけ目を閉じて意識を集中させる。
     手足が弛緩するようにだらりと伸びるのを意識する。体を強張らせてはいけない。なるべくリラックスした状態で走り始めるのがベストだ。体操服に包まれた体のしなやかさをイメージする。それが綺麗なフォームでグラウンドを駆けて行き、砂の上に高く飛ぶ姿をイメージする。大丈夫。今日は行けそうな気がする。朱音はそう思いながら、目を見開いて、もう一度大きく息を吸った。
     それが合図であるかのように、彼女の体が一瞬ばかり大きく沈み込んだ。それから倒れるように前に突き出した上半身が、前傾姿勢になる。スタートラインを蹴り飛ばした足は、砂場に向かって勢いよく駆け出した。
     視線は、ただ一直線に砂場を捉えている。彼女の足が次々と地面を踏んでいく。そこには一定のリズムが作られている。走り幅跳びでいい記録を出すためには――と朱音は無意識に考えた。ただ馬鹿みたいに全力で走るだけではいけない。新入生はよく全力で走り、がむしゃらに記録を伸ばそうとするけれど、それで記録を伸ばせるのはほんの最初だけで、すぐに壁にぶつかってしまう。大事なのはリズムだと朱音は思っている。走るリズム。踏切のリズム。そして呼吸のリズム。これらがうまく重なった時、自然といい記録が出る。しかし、これを狙ってやるのは難しい。意識すればするほど、体の動きが硬くなってしまう。大事なのは考えすぎないことだ。出来れば頭を空っぽにした方がいい。矛盾しているようだけれど、何も考えずに体の動きに従うことはスポーツでは重要だ。何千回、下手すれば何万回と砂に向かって飛んでいる私にとっては、嫌でも自分の中にリズムというものが形作られている。ただそれに任せればいいのだ。リラックスした状態で、リズムに任せながら走り、何も考えずに飛べばそれだけでいいのだ。何千という時間が私の中には染みついている。何千という幅跳びの記憶が体には刻まれている。下級生たちにも言ったけれど、記録が伸びないのなら、自分の中にリズムが生まれるまで何度でも飛べばいい。自分の中にくりかえし言い聞かせてきたことを、朱音は自然と頭に浮かべながら、まるでステップを踏むように砂に向かって駆けていた。意識しているわけではないが、彼女の頭の中では自然に三拍子のリズムが繰り返されている。タッタッタッ、タッタッタッ、早いテンポを刻むダンスビートのように。そのリズムが自然と生まれる時に彼女の足は躍り出すように動く。呼吸もその三拍子に乗って、うねるようなビートを生み出す。駆け足のリズムと呼吸のリズムが、だんだんと一つに合わさる。心臓の鼓動と連動し、目標に向かって一直線に流れていく。荒々しくも抑制の利いたそのリズムは、踏切のぎりぎりで大きく音を鳴らし、強く踏み込んだ。ダンッという地を蹴る音が周囲に響き渡る。彼女のしなやかな体は、青空に吸い込まれるように高く跳ねた。頭と足先がくっつきそうな程の前傾姿勢を取りながら、遠くへ、遠くへ、一センチでも先へと飛ぼうとしている。大きな放物線を描き、受け止めるのを待っている砂場へ、彼女は尻から着地していく。
    「五メートル四八センチ!」
     計測係の女の子が、大きな声で叫んだ。
     同時に、周囲から「おぉー」という微かな歓声が沸く。
     朱音はその声にちょっとした優越感を覚えながら、尻に付いた砂を払った。
    「うーん、今日は調子いいかも!」
     先ほどの真剣な表情とは打って変わり、はしゃぐように両手を合わせながら、朱音は計測係の子に笑いかけた。
    「来年は全国行けちゃうかもね!」
     ちょっと調子に乗りすぎかな、と思いながらも、決して夢ではないところまで来ているのだから、朱音はいい記録を出した高揚感のままに飛び跳ねる。
     しかしすぐ傍からは監督のため息が聞こえ、朱音は水を差されたような気持ちになった。
     ジトっとした目つきで、監督は朱音を見ている。
    「本番でもそれくらい調子が良ければいいんだけれどな。いつも本番になると考えすぎて、お前は駄目になるんだよ」
    「あー、監督ひどーいっ!」
     朱音は頬を膨らませながら、不機嫌そうな声を出す。
    「お前は馬鹿なんだから、今日みたいに何にも考えずに飛べばいいんだ。とにかく、な、自分の中でリラックスする方法やルーティーンを見つけろ。それと今日の幅跳びの良いイメージを絶対に忘れるな」
    「……はーい」
     朱音はそっぽを向きながらいい加減に返事をした。普通の運動部だったらこのような態度をすれば怒られる。が、特に専門知識もやる気もない棚橋先生が顧問となった今年からは、部内にもゆるい空気が流れている。冗談を言っても怒られないし、軽口を叩いても怒られない。どころか棚橋先生は嬉しそうな顔さえ見せる。人のよさそうな太ったおじさんというのが朱音の印象だった。
     顧問が棚橋先生に代わってから、朱音は急に記録を伸ばしている。前の顧問は威圧的に怒鳴り散らす人で、練習も理不尽なものばかりだった。一日中ただずっと走り込みをさせられる日もあった。少しでも手を抜くと、背中や尻を全力で蹴られ、執拗に罵声を浴びせられた。何度も部を辞めようと思ったが、しかし幅跳びで思いっきり飛べた時の感覚は何ものにも代えがたかったので、部を辞めることなく今まで頑張って来たのだ。
     以前は顧問に怒られる恐怖のために気持ちが委縮してしまい、記録が全然伸びなかった。が、今年に入ってからはあと少しで全国大会に行けるというくらいの記録を出せている。朱音は、だから棚橋先生が顧問になってくれて、本当に良かったと感じていた。
     もちろん、それは恋愛感情とは別だ。
     ――私が好きなのは……。
     と、そこで朱音は想い人のことを考え、可愛らしく首を振って照れた。
     ――私が想っている人は、中学の時からずっと変わらなくて、しかも男性ですらなくて、とても凛とした佇まいの女の子で……。
     想い人の姿を頭に浮かべながら、胸がきゅんとするのを感じ、朱音は顔を赤らめる。
     今すぐにでも逢いたい。
     そんな気持ちでいっぱいになって、朱音はそれ以後、上手く集中することが出来なかった。

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    • 木下季花
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