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シリーズ:呼ぶ聲
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呼ぶ聲

作者:能上成之

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    福引で当たった日帰り旅行なんて、やっぱり一人で参加するもんじゃないわね――


    登録ユーザー星:7 だれでも星:0 閲覧数:115

    呼ぶ聲 4105文字

     

      

     福引で当たった日帰り旅行なんて、やっぱり一人で参加するもんじゃないわね。
     忍は硬いシートにもたれ、観光バスの車窓から見える夕暮れの空を気怠そうに眺めていた。
     帰路に就くバスは高速道路をひた走っている。まわりの乗客たちはそれぞれの家族や友人との会話にも飽き、ぐったりと眠っていた。
     忍は三年前に夫と死別し、ひとり息子も巣立って今は一人暮らしだ。誰か友人を誘えばよかったのだが、当選者以外の参加者には料金が発生するのでそんな気になれなかった。有名処でもない温泉と客引きが目当ての工場見学に誘っても喜ばれないだろうと忍は思ったのだ。自分も賞品の放棄を考えてみたが、貧乏性のせいか惜しい気がして結局来てしまった。
     そろそろドライブインに立ち寄る頃ね。
     食事が旅のメインでないとはいえ、昼食は質素な弁当でおまけに冷たく不味かった。忍はそれをお茶で流し込みながら食べた。
     時間制限のある慌ただしい中で温泉に浸かる気にもなれず、他の人たちが入浴している間、館内の喫茶店でケーキセットを食べた。香りも何もないコーヒーだが飲み放題だったので三杯も飲んでしまった。そのツケが今頃回って来ている。
     バスに乗る前ちゃんとトイレに行ったのに。
     忍はため息をついた。

              *

     ツアー最後の工場見学が終わったあと、添乗員に促されてほとんどの乗客がトイレに向かった。
     忍もその中の一人だった。
     施設内の女子トイレは個室が三つしかなく、別のツアーの団体もいたので長い列ができた。もたもたしていた忍は後ろのほうに並ぶことになった。
     発車時刻が刻一刻と迫ってくる。何をしているのか、なかなか前に進まない。
     忍はここに到着した時、駐車場から施設に来る途中で見かけた公衆便所と書かれた矢印の看板を思い出した。
     どうせ駐車場に戻るのだからと、忍は列から離れた。
     施設の玄関を出るとバスに戻る人々がちらほらと駐車場に向かっていた。忍もその道を行く。途中、確かに看板があった。
     忍は矢印が指す半ば植え込みに隠れた細い道に入った。
     奥に行くと鬱蒼とした木々に囲まれた古い公衆便所があった。外観の傷みが激しく、使用されている形跡がないようで、忍はここに来たことを後悔した。今さら施設内のトイレに戻る時間はない。
     とりあえず入ってみようと忍は女子トイレの入口に立った。中は奥のほうが見えないほど暗かった。窓はあったが木の枝が邪魔をして光があまり入らず、電灯もついていない。立ち入り禁止の立札もバリケードもなかったが、忍はあきらめて引き返そうとした。
     もうドライブインまで我慢しよう。
     忍がもと来た道に振り返った時、トイレの中から声がした。
    「ちゃんと自分でできる? ママ手伝うよ」
    「いいもん。じぶんでできるもん」
    「ほらここちゃんと持ってないと濡らしちゃうよ。持っててあげるわ」
    「いいのっ」
    「でも、ほら……」
    「できるってばっ」
     小さな女の子と若いお母さんの会話が聞こえてきた。狭い個室内での声なのでくぐもって聞こえる。
     忍の頬が緩む。
     自我が芽生えてきた頃なのだろう、女の子は自分でできると言い張っている。
     この時期は親にとって我慢と諦めの時だ。忍は息子の幼かった頃の大変だった、だが楽しかった子育てを思い出した。
     あの子も自分でやると言ってきかなかった。急いでいるときに言いだされるとほとほと困ったわ。
     その息子も今は都市で働いている。
     まだまだ結婚の予定はないが、いずれわたしにも孫ができて、また小さな子供と触れあえるときが来るのかもしれないわね。
     そう思うと自然と笑みがこぼれた。
     自分の乗るバスに子供連れはいなかったので、別のツアー客なのだと思った。
     ちっちゃな子があのトイレの列に並んでいたら、お漏らししちゃうわよね。
     母娘が入っているのだから使ってもいいのだと判断し、忍はトイレのほうへ踵を返した。
     中に入るとコンクリの床からひんやりとした空気が這い上がってきた。やはり頻繁には使用されていないのか、公衆便所特有の臭気はない。だが、微かに生臭いにおいが漂っている。
     窓からかすかに木漏れ日が入り、外から見るほど真っ暗ではなかった。風に揺れる葉の影が壁や床にまだらに映っている。
     五つの個室があり二番目の扉が閉まっていた。そこに母娘が入っているのだろう。
     忍は一番手前のトイレに入った。
     黄ばんだ水洗の和式便器の中では枯葉が数枚、濁った水の中に浮いていた。
     一瞬躊躇したが、すでに尿意を我慢できなくなり忍は便器にまたがった。スカートをたくし上げ下着を下ろし、用を足す。
     わずかに残っていた湿気でしわくちゃのトイレットペーパーを仕方なく使った。不潔な感じではなかったが気持ちのいいものでもなかった。
     ともかくすっきりとはした。忍はそそくさと身繕いをして水洗のレバーを押した。ちょろちょろとした水しか出ないのでしばらく押し続け、流れきるのを待つ。
     ふと壁に目をやった。何かを拭き取った跡がある。
     何だろう。うそ、汚物? いやあね……でもこれって……。
     忍にはそれが飛び散った血を拭いた跡のように見えた。腕に鳥肌が立つ。
     ここ気持ち悪い。
     忍は便器内の確認もそこそこにドアを開けた。
     そう言えば母娘はどうしたのだろう。ここに入ってきてから声がしなくなった。水を流す音も、出て行く気配もなかったからまだ中にいるんだろうけど。
     わたしが入って来たのでおしゃべりを止めてしまったのかしら。
     忍は手を洗いながら、二番目の個室を振り返った。
     ドアに細い隙間が開いていた。その間から黒い人影が覗いている。
     忍は母親が自分の様子を窺っているのだとその挙動にぞっとしながらも軽く会釈をし、足早に公衆便所を出た。

     その時のことを思い出しながら、次第にきつくなってくる尿意に忍はもう一度ため息をついた。

              *

     ドライブインに到着し、車内は騒がしくなった。
    「お疲れ様でしたー。お手洗い休憩はこちらで最後となりまーす。皆様出来るだけ行っておいてくださーい」
     バスガイドが声を張り上げ、トイレに行くのを促している。
     ほとんどの乗客が降りる準備をしていた。後ろに近い座席の忍は、降りるだけでも時間がかかりそうだとうんざりした。さらにトイレで待たされることを考え、漏らしてしまわないだろうか不安になってきた。
     降り口に立つガイドの労いもそこそこに、忍はトイレに駆け込んだ。
     やはり人がごった返していた。
     忍は身近な個室の列に並んだ。幸いにも進みが早く、すぐに順番が回ってきた。中に飛び込みドアを閉め、下着を下ろすのももどかしく洋式便器に座る。
     間に合ったことにほっとした。
     もう歳なんだから水分に注意しなくちゃ。
    「あら?」
     忍はふと顔を上げた。急に周囲の喧騒が消え、静かになったからだ。一瞬耳が聞こえなくなったのかと思うほどの静寂だった。
     誰もいなくなった? まさかね、まだたくさん人が並んでいたわよ……。わたしの後ろにもいたし……。いやだわ。何かあったのかしら?
     忍はさっさと衣服を整え、開錠しようとドアに手を伸ばした。
     その時、隣のトイレから声が聞こえた。
    「ちゃんと自分でできる? ママ手伝うよ」
    「いいもん。自分でできるもん」
    「ほらここちゃんと持ってないと濡らしちゃうよ。持っててあげるわ」
    「いいのっ」
    「でも、ほら……」
    「できるってば」
     忍は思わず息を潜め、耳をそばだてた。
     あの古い公衆便所で聞いた同じ母娘の声? またトイレが同じになったの? でもなんだかおかしい……
     そう思った途端に二の腕が粟立った。冷たい空気が足元から這い上がってくる。
     は、早く出なくちゃ。
     忍は隣に気付かれないよう音に気を付けながら、スライド式の鍵に手を掛けそっと引いた。
    「ちゃんとしないと隣のおばちゃんに笑われるよ」
     突然、母親の声がした。
     忍は叫びたい衝動を押さえてトイレから飛び出した。
     だが、そこはドライブインのトイレではなく、あの古い公衆便所の中だった。
     忍は戸惑いながら辺りを見回し、後ろを振り返った。
     二番目のドアの細い隙間から黒い人影が覗いていた。そのドアが少しずつ開き始めている。

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    コメント

    • 見てはいけないモノを見てしまった、近づいてはいけないモノに近づいてしまった、もう取り返しがつかないかもしれない――
      そんな一人称で語られる王道ホラーで、ゾクゾクっとしました。面白かったです! 淡々と語られる筆致も素晴らしかったです!
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    • 嬉しいコメントありがとうございます。
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    • 身近に起こり得そうなリアリティのある能上様の作品を拝読した後は
      何かを呼び寄せてはいないかと、恐怖に陥ります。

      読了後は目をひん剥き、眼球だけで周囲を確認(((゚◇゚; );゚◇゚)))するも…
      ここまで恐怖に落として頂けると清清しいものもありますね。
      怖いものなんか無くなったような…錯覚。
      • 2 fav
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    • ありがとうございます!
      もっと怖い描写が書けるようになりたいです。
      読んだ人を本当の恐怖に陥れるような…これ読んだらやばいでというような…そう言うものを読んでみたい。( `ー´)ノカクンチャウンカーイ
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    作者紹介

    • 能上成之
    • 作品投稿数:42  累計獲得星数:464
    • 読むのも書くのも、年がら年中、ホラーです。ホラー馬鹿です。
      脳みそがすぐ忘却の彼方に行ってしまうので、いつでも読めるように気になる作家さんをすぐフォローしてしまいますが、フォロー返しに気を遣わないでくださいね。なぜなら、ホラーしか読まないから。
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