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シリーズ:繰り返すは夏の空
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繰り返すは夏の空

作者:二月魚帆

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    息の詰まるような真夏の空の下、僕の変わらない夏で。


    登録ユーザー星:9 だれでも星:2 閲覧数:391

    繰り返すは夏の空 4779文字

     

     苦しくなるくらいの藍をした空から逃げ惑うように、みんみんじじじ、と蝉が飛び交う夏。
     僕はそれを築年数を経た砂壁のワンルームの窓から、見るともなく見ている。押入れから引っ張りだしてきた青いチェック柄の半纏の黒い襟元をかき寄せる。その上から布団を被って。真夏にここまでしているのに汗一つかかないくらい寒い。

     みんなこぞってお盆休みを取りたいらしく、帰省もしないし友達も少ない暇そうな僕に「シフト交代を……」と神妙な顔して拝んできた。特に予定もないし稼げるし、本が好きで入ったバイトだから別によかった。
    しかし、六連勤真面目に働いた結果がこれだ。三十九度を超える熱なんていつぶりだろう。寒気が半端ない。僕の連勤を力強く応援するようにショッピングモールの空調はがんがん僕の体を冷やし、風邪まで引き起こしてくれた。
    「まさ君、頼まれたら断れない性格だもんね」
     そういいながら雑炊を作ってくれているのは、中学からの同級生である桜井だ。さっき尋ねたら雑炊は味噌たまご雑炊だと言ってた。楽しみだなあと僕は鼻をすする。
    「やっぱそうなのかなあ。でもどう直したらいいのかわからないし、しょうがないっつーか」
    「いいじゃん、直さなくって。まさ君のいいところだと思うし」
     そうかわいい彼女に言われると、胸で角砂糖がほろりと溶け崩れるような思いがして、僕は思わず口角が上がってしまう。
    「それにしても私が早く気づいてよかった。やっぱ彼女たるもの、彼氏の危機にはいち早く駆けつけないとね」
     僕が眠っている間に、いつの間にやら部屋に上がりてきぱきと鍋を引っ張りだして湯を沸かし、野菜を細かく切る小気味よい音を立てていた彼女は、得意気な背中で言う。
     僕には友達が少ないけど彼女がいる。か細い背中に、僕の知る頼もしさをいくつも収めている彼女。肩甲骨に触れるか触れないかくらいの艶やかな黒髪を赤いゴムで一つに束ねている。その後姿は、中学の時から変わらない。僕が文化祭実行委員で挫けそうになった時も、「大丈夫! 私もこのクラスの文化祭実行員なんだからさ。まかせて」と僕の前にその背中を颯爽と見せてくれた。僕はその度に、さっきみたく胸のしこりが甘やかに溶け出すのを感じたものだった。趣味も読書で気が合うし、僕が彼女を好きにならないわけがなかった。

     あの時から、二十歳過ぎても付き合ってるだなんて僕らくらいなんじゃないか。

    「僕達、もう付き合って今年で何年経つんだっけ?」
     ふがふがと鼻声で尋ねる僕に、
    「えー、忘れたのう?」
     彼女は振り返り、腰に手を当てて怒ったポーズをとる。上唇をちょっぴり尖らせる。
    「ええっと、ねえ」
     彼女はわざとらしく目を泳がせ、やけに慎重に指を折り始めた。なんだよそのよくわかってないフリ、咳き込みながら笑ってしまう。
    「なんだよ、桜井だって」
    「えー、違うの! 待って待って。いち、に?」
     桜井は数えていない片手を前に出し、急かすように言う僕を制した。  
     そういえば桜井は数学が苦手だった。でも随分大げさだなあ、と鼻が詰まってぐふぐふと籠った声で笑う。
    「……ねえ、『あの魔法の花』って今月、もう五巻が出るんだ」
     書店員の特権は新刊にいち早く触れられることだ。『あの魔法の花』は、なにもかもを幸せに導いてくれるという魔法の花をそれぞれの問題を抱えている人々が探す物語で、二巻が出た後に作者が病気のために新刊がなかなか出版されなかった。
    「嘘! あれ他の巻は? いつ出たの? 後で読ませ……」 
    「桜井、あのさ」
     太陽に向かって開くひまわりそのものの笑顔を湛えた彼女を、その瞬間萎れさせてた。僕はしまった、と思い少し俯く。でも、どうしても頭の隅で冷えてゆく部分を感じてしまう。毎年毎年。飽きもせずこんなやりとりをしている。
    「もう、いいんだよ。こうして僕に会いに来なくたって。桜井だって大変だろ」
     僕は半纏の角に視線を落とす。
    「またその話する……? そんなこと言わないで」
     桜井は僕の言葉をぴしゃりと目障りな虫をはたき落とすように言う。雑炊の湯気のせいか、高熱のせいでうるむ僕の目のせいか。目を上げて捉えた彼女はどこか霞んで見えるが、睨まれていることはわかる。
    「一緒にいたいの。あの時だって水野君なんかどうでもよかった。まさ君だけ見てたの。誰にも取られたくない。手を繋いだのだってほんのちょっとだよ? ……全然足りない」
     彼女の下ろされた両腕の指は、次第に手の平に収められ拳になってゆく。
    「私、ちゃんとまさ君と手を繋ぐことが出来た二年までしか数えられないよ」

     僕の熱でぼんやりとした頭に目に、ある場面がよみがえる。
     制服姿の彼女が、今日みたいな息の詰まる空にゆったりと舞っていた。
     彼女はあの時、あの瞬間。
     僕の目には天使のなにものでもなかった。
     フロントガラスに、桜井の体のどこかで息をし、巡っていた皮膚が、血液が、べたりと張り付いていたとしても。
     
     その日、僕らは十一月頭の文化祭の話し合いをしようと学校に出てきていた。しゃわしゃわと蝉の声が溢れる中、吹奏楽の気が抜けそうな練習音や野球部の掛け声が混ざった盆明けのある日。
     中学三年になると、体育館や中庭のステージでライブやコンサートをしても良いとなっている。うちのクラスは朗読劇ということは決まった。本格的な劇は受験勉強で集まるのが難しいから、物語に合った衣装と照明くらいにして。シンプルで格好良いやつやろう、と。
     そこまでは決まったものの、いくつかクラスメートから提案された作品の中から決定に至らずに夏休みとなった。その中に流行っていたファンタジー小説『あの魔法の花』の二巻に収録されている番外編の短編も候補に上がっていた。元々桜井が好きで、その影響で僕も好きになった作品だ。
     僕は当時の少ないお小遣いで二巻を手に入れらず、その日桜井から借りる予定だった。文化祭実行委員たるとも、候補作品に一通り触れて置かなければという真面目な気持も後押しした。
    「抜かりないしっかりものの桜井さんがめずらしいことですねえ」
     あれ? あれ? とスクールバッグを掻き分けて探す桜井に僕が茶化すように言うと
    「ごめん、うっかりだわ。そういえば水野君に貸して返ってきてから机に置きっぱなしだった」
     桜井は、ごめんごめん、と言いながら額に手を当てて事情を話した。
     水野、という名前が僕らの会話に入り込んだことでちりりと胸の端を燃やされる。学年で一番イケメンで優しい、と言われている水野に桜井が好きな本を貸していたのが面白くなかった。ただでさえも、桜井の隣の席で仲良くなりやすい距離にいる水野。
    「へえ、仲の良いことで。水野はかっこいいもんな」
     眉をあげ、あえて意地悪く桜井に言う。移動教室で水野と隣の席になった時に「桜井さんって面白いな。いろんな本読んでるせいか意外な言葉が返ってきてさあ。俺、ちょっと好きかも」と好意的だったことが脳裏にこびりついて離れない。黒板を向く瞬間、あの意味ありげな切れ長の目に僕はずっと縛られている。
    「……なんでそんな言い方するかなあ。やきもち? 私が好きなのはまさ君だけだよ」
     桜井はそう言いながら満面の笑みで僕の手をそっと両手で包む。それは、まるで赤ん坊をよしよしとあやすような感じで、余計に苛立ってしまう。僕はつい桜井の手を振り払い、
    「だったら、今すぐここに持ってこいよ」
    「……えっ、でも他の本はあるからそこから検討……」
    「今すぐっ」
     つい声を荒げてしまう。水野が桜井にもし告白したら、僕には勝ち目なんて一つもないじゃないか。気持だけが急いてしまう。桜井の、僕だけの特別を見せてよ。
     普段とは違う僕の様子に、桜井はぎこちなくひとつ頷いて教室から走って離れていく。
     教室にひとりになる分秒が少しずつ長くなるにつれて、僕はなんてことを言ってしまったんだ、と背中から冷たいものが下がっていく。慌てて桜井を追って走る。周りの音が鳴っているのはわかるのに、聞こえない。桜井の背中が見えた、と思った瞬間「桜井! 待ってごめ……」と僕は呼びかけた。桜井がゆっくり、青色信号の横断歩道で振り返る。
     
    「百パーセント車が悪い事故だったのだから、君が自分を責めることはない」と大人達に言われたものだったが、当時それは無理な相談だった。あまりにも僕の目の前の出来事だった。僕があんなことを言わなければ、桜井に手を包まれていれば。

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    コメント

    • 受賞おめでとうございます。二人の甘い会話がほろ苦いものに変わる様は、大変興味深かったです。いわゆるホラー的な恐怖感というものはありませんが、愛情の中に潜む執着が心地よく感じられました。また次回作を楽しみにしております。
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    • kyoto様
      拙作を読んでいただきありがとうございます。励まされます。
      これからもちょっとずつ精進していけたらなあと思います。
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    • おめでとうございます。
      記憶力がないのでお初だと思って読んでいたら、お気に入りまで登録してました…えっ、大丈夫か?まったく記憶がない…すみません…
      今読んでみて表現が素敵だなと思ったので、たぶん前の時もそう感じたんだろうなと。
      よく考えたら怖いことなのだろうけど、それでも主人公は幸せなんだなと感じいい読後でした。
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    • 能上成之様
      拙作を読んでいただき、更にお気に入りに登録していただいているとは!
      身に余る光栄です。表現・読後についても好感を持っていただきありがたいです。
      今後もちょっとずつ精進してゆけたらと思います。
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    • 本屋でバイトしてて、夏休みと正月くらいしか会えない、好きな中高の同級生がいる僕にはどストライクな作品でした。僕の生活を覗いて書かれたんでしょうか。ある意味あの世とこの世の遠距離恋愛… 織姫と彦星… 会いたいのに会えない恋はただの呪縛でしかない、って感想にすると安っぽくなっちゃいますけど、なんだか短い作品の中に色んなことを感じました。二人の距離感もいいですね。
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      • Re 返信

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    • はろー様

      なんというか、勿体無い感想です……冥利に尽きます(使い方合ってんのかな……)。
      読んでいただき、ありがとうございます。
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    作者紹介

    • 二月魚帆
    • 作品投稿数:1  累計獲得星数:11
    • ちょっとずつやっていきます。誤字や物足りなさでよく直しています…。
      応援の星やコメント、とても励みになっております。ありがとうございます。
      2015年9月期のブックショート優秀作品に2作選ばれていました。ありがたい限りです。
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