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シリーズ:スイーツ文庫『この恋は復讐から始まった』
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スイーツ文庫『この恋は復讐から始まった』

作者:スイーツ文庫

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
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    女恋愛詐欺師VS強豪イタリアンオーナーシェフ。イタリアンレストランを舞台にした、切ない復讐ストーリー。


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    スイーツ文庫『この恋は復讐から始まった』 80834文字

     



     第2回  

     どっしりとした木目調の質の良いドアの中央にある、部屋番号の金文字を確かめる。指定されたシティホテルのドアの前でベルを鳴らすと、中から施錠を解く音と共に男が顔を出した。
    「やあ、早かったね」
     爽やかに笑い、私を部屋の中に促した男は、私が唯一体を許している相手だ。
     三十五という年齢の割には若々しく見えるが、大人の余裕を持つ御園勝利(みそのかつとし)は、物腰の柔らかい紳士的な男性だ。長身で体格もいい美丈夫で、常ににこやかで相手の懐に入り込むのがうまい。
     育ちがよさそうな穏やかさと鷹揚さを併せ持つ一方で、妻子があるにも拘らず私のようなあばずれと逢瀬する狡猾さも見せる。
     だが私にとっては、妻子のある男の方がリスクが少なくて済むので好都合なのだ。いくら体を重ねても、二人がどうなる事もない。公になると困るのは向こうの方だから、へたな事は仕掛けて来ないという安心感もある。
     その上、御園はフード業界で業績を上げている、御園グループの御曹司なのだ。
     御園グループといえば、国内にあるファミレスやレストランのチェーン店を展開しており、最近では食品部門でデパ地下などにも規模を拡大している。元々は創始者である現社長の父――御園の祖父が小さなレストランをやっていた事から始まったのだが、現在は大手企業とされている。
     そんなわけで、御園に至っては素性は知れているし、地位のある人間なので保証もある。
     それに女慣れしたソフトな男なので、悪い相手じゃなかった。だからこそ、すでに一年もこんな関係が続いているのだ。
    「シャワーを浴びて来るといい」
    「ええ、そうね」
     ワインを片手に優雅に笑う男に従い、私はバスルームに向かう。その手にあるワインでさえ、どれだけ値段の張ったものなのか。
     バスルームには、女性に人気のコスメセットが揃えられており、相変わらずのフェミニストっぷりとぬかりのなさに、ついついほくそ笑んでしまう。
     私は広いバスルームでシャワーを浴びる。熱めの湯が、一月の街の寒さに冷えた体を温めてくれる。それに、先ほどまで同行していた男の整髪料や体臭などの不快な匂いも、綺麗さっぱり洗い流してくれる。
     御園は、私がこんな自堕落な生活をしている事を知っている。もちろん、詐欺をして愚かな男どもから金銭を騙し取っている事も、他の人間に体を許していない事も。
     御園との出会いは、つい一年前の事だ。
     私が知り合いのコネで入社したのが、何を隠そう御園グループの地方支社だった。そこで約一年ほどOLをした。真面目に働いたのは、後にも先にもそれっきりである。
     御園は当時も現在も、外食事業本部の開発事業部の部長をしており、たまたま地方支社を回っていたところで、私とばったり出会った。
     私はというと、当時付き合っていた男にうんざりしていた。度量の狭い男で、束縛したがりだった彼についていけなくなり、別れを切り出した。元々、私には誠実な恋愛など向いていないのだ。
     しかし彼はなかなか理解してくれず、ほとんどストーカーと化していた。それでも振り切ろうとする私を逆恨みした彼が、社内で私の悪い噂をでっちあげ、ある事ない事吹聴して回った。
     昔から、私はどうも男を見る目がない。皮肉な事に、カモを見極める力はあるのに。
     そのせいで会社に居づらくなり、私は仕方なく会社を辞めた。ひそひそと陰口のようなものを囁かれながら自身のデスクを片付け、荷物を持って社を後にしようとしていた私にわざわざ声をかけて来たのが、御園だった。
     ――きみは悪くないよ。
     そんな言葉に絆(ほだ)されたわけではないが、確かに悔しい思いはした。OLをやっていた頃の私は、もしかしたらこのまま真っ当に生きていけるのではないかと、まがりなりにも期待していたからだ。
     しかし、社会というのはそんなに甘くない。それを実感した。
     ――全く、あんな人間を雇っているなんて……。
     人の良さそうな真面目な顔で、ぶつぶつと文句を言う御園を見て、変わった男だなと思った。
     ただ、寄りかかる場所もない私はついずるずると、そんな御園の甘い言葉に騙される振りをして、こんな不毛な関係を続けていた。
     御園グループの御曹司ともあろう人間が、自分のような身分の低い女を構っている事に対する優越感からか、それとも金持ちを貶めてやろうという卑しい根性からだったのか、すっかり馴染んだ今ではもうわからないけれど。
     初めて肌を重ねたのは突発的なものだった。出張から帰って来たばかりの御園が、まず私に電話を寄こしてきたので逢った。その時に怪しい雰囲気になり、御園のような紳士的な男性ならいいだろうと、私も体を許した。
     聞けば、御園は名の通った家柄にありがちな政略結婚をしたらしく、両家に都合のいい茶番劇だったと自嘲した。子供は跡取りとして計画的に作ったが、妻に愛情はないと言い切った。そしてこれからも、体裁だけの「夫婦」を続ける共犯者でしかないと。それは向こうも同じだと。
     御園が妙に酷薄なところがあるのも、私は気に入っていた。
     御園といると楽だ。彼は余計な事を詮索したりしない。
     たまに呼び出されて逢って、他愛無いやり取りと、意味のないセックスをするだけ。
     バスローブのまま部屋に戻ると、御園がベッドにいた。私は何を言われるまでもなく、横になって伸ばされた腕の中に潜り込む。
     人のぬくもりを僅かに堪能した後、当たり前のように唇を重ね、互いの体を貪っていく。衣類をはだけさせ、全てを晒してもどうにかなるわけじゃない。
     非生産的な消耗品のように、この無駄で意味のない行為は始まる。
     ただ性を貪るだけ。何かを得るわけでも、与えるわけでもない。
    「……そろそろいいかい?」
     悲しいかな、互いに愛情のない相手でも体は反応するのか、御園の鋭い視線は熱に浮かされたように潤んでいた。私は目だけで了承し、自分の中に御園の熱が浸食してくる。
     この瞬間は、酷く苦手だ。
     なのに、すぐに肌に馴染んでしまうのは惰性なのか。
     御園の視線が私を窺うように、嘲笑うように這い上がってくる。どんなに肌を重ねても、たびたび御園から感じる冷淡さ。
     だけどそれも嫌じゃない。むしろそれが心地良いとさえ思う私は、どこかねじが壊れているのだろう。色んな事が、欠落している。
     優しいようでいて、何も信じていないような御園の冷めた目も嫌いじゃない。ソフトな仮面の下には、地位のある者特有の傲慢さと冷酷さが隠れている。その冷たさは、案外自分と似たところがあるのかもしれない。おかしな事に、だからこそ安心する。
     人間の三大欲求の一つである性欲を満たし、心の隙間を埋めるようにささやかな時間を愉しみ、私達はまた別々の生活を送る。
     私達の関係を言葉で表すなら、セフレ。セフレ以上に冷めた関係といってもいい。
     性欲の捌け口であろうと構わない。こちらだって何かを望んでいるわけじゃない。たまにプレゼントを貰ったり、食事に誘われたりと、そんな些細な付き合いでいいのだ。
     満たされないものはどうやっても無理なのだ。
     何に飢え、何を渇望しているのかもよくわからない。普通の感覚が麻痺している私には、何が善と悪か、その判断さえ難しい。
     だがそんな事はどうでもいいのだ。わかったところでどうなるというのだ。曖昧なままでいい。
     事を終え、私はさっさと服を着始める。甘い余韻など皆無だ。互いにそんなものは望んでいない。
     だが今日は少し違った。御園が、初めて私に取り引きを持ちかけて来たのだ。
    「この店を知っているかい?」
     御園が差し出して来たのは、レストランの特集が組まれた雑誌だった。御園が開いたページには、赤いペンで大きな丸がされていた。
    「ええ、このレストランなら今話題の若いシェフがやってるんじゃなかった?」
     そうだとばかりに首肯した御園が次のページをめくるなり、私は静かに瞠目した。
    「―――加賀見敦士(かがみあつし)。きみの一つ年上の、二十五歳。彼がこの店のオーナーシェフだ」
     御園の声が遠くに聴こえるほど、私はそこに写った男の顔を凝視したまま、しばらく放心していた。

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    • スイーツ文庫
    • 作品投稿数:17  累計獲得星数:240
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      スイーツ文庫:http://sweetsbunko.jp/

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