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『電気系統の故障により、本日臨時休業致します』
今日の夕飯を調達しようと思いいつものコンビニへ向かうと、そこには見慣れない張り紙。
「マジかよ、こんなときにかぎって……」
冷蔵庫にあるものでなんか作るなんて器用なこと、オレこと厚澤拓也(あつざわ たくや)サマにはできないぞ。家には作り置きのおかずもカップ麺もない。プリンやチョコレートは見なかったことにした。
かといって、腹の方はもう限界なわけで。ダイエット中の女子ではあるまいし一食でも抜くなんて、食べ盛りのセイショウネンには死刑宣告に近いものがある。さてどうするべきか。
運の悪いことに、オレの家は田んぼに囲まれてるせいなのか、ここ以外弁当屋も喫茶店も肉屋も、食い物を売ってる店がなにひとつない。次に近いのは……自転車で行けば二十分ちょっとの辺りにでかいスーパーがあるな。
なんか食わせろやコラァと自己主張する腹を一刻も早く満たすため、オレはそのままチャリに飛び乗った。
二十四時間営業の大型スーパーは、多くの客でごった返している。今日の夕飯はカボチャグラタンするべとか描かれたポスターや、箱売りのミネラルウォーターを素通りして、まっすぐ総菜コーナーへ。コンビニよりもいろんなおかずが揃ってて、しかも安い。ちょっと得した気分だ。
今日は何を食べようか。タイミングがよかったのか、商品はそこまで売れていない。あんまりコンビニには置いてない魚系にしようか。でも、ハンバーグコーナーのアレもウマそう。ウズラの卵入りハンバーグと、ヒラメのムニエルを手に迷っていると、後ろから誰かに声をかけられた。
「厚澤君……?」
どこかで聞いたような声に驚いて後ろを振り返ると、そこにはぽかんとした顔の女の子。真っ黒な髪を後ろで三つ編みにして、たれパンダのような瞳でこちらを見ている。
「あれ、葵じゃん。どうしたのこんなところで」
クラスメイトの玉城葵(たまき あおい)。風紀委員。あだ名は「おかーさん」。彼女とは小学校からずっと同じクラスで、わりと仲が良い。見れば手には買い物籠を抱え、その中には野菜がいくらか入っている。
「あしの家はこの辺だからね。君こそどうしたんだい? 君の家はこっちじゃないだろ」
「ああ、近所のコンビニが臨時休業でばんめし買いに来たんだ」
「夕ご飯?」
「今日な、俺んちの親父もお袋も夜勤なんだよ。いつもなら近所のコンビニですませるんだけどな」
「なるほど。それが今日の夕飯かい?」
「おう、まだどっちにするか決めれてないんだけどな」
「ふーん……」
すると、彼女は俺から視線を外して少し考え込む素振りを見せた。この場から立ち去らないところを見ると、彼女はまだ会話を続けるつもりなのだろう。彼女の目線は俺の後ろにあるおかずには届いていない。
彼女との会話が終わるまでに今日の夕飯を決めようかと、手にしたおかずへそっと視線を移そうとする。その時、オレから視線を外したまま、彼女は驚くべき提案を口にした。
「あのさ、もしよかったら、うちに来ないか?」
「へ?」
「あしは今からご飯を作るところなんだ。今日、うちも父さんが夜勤で誰もいないから、一人で食事をするのも寂しいし……」
なんだって? 突然の提案に、オレはどう答えて良いのか分からなくなってしまう。焦って挙動不審なオレを拒絶の態度と受け取ったのか。
「ああ、ごめんね、急にそんなこと言われても迷惑か。じゃ、あしはこれで。また明日学校で会おう」
恥ずかしげに苦笑いを浮かべ、その場を立ち去ろうとする。
「ま、待って!」
慌てて彼女の肩に手をかける。迷惑だなんて全然そんなことない。オレだって、一人で総菜食べるより友達と食事をしたい。それが、仲の良い女の子の手料理とくればなおさらだ。
「オレの方こそ、急にお邪魔して迷惑じゃねーの?」
彼女は顔を真っ赤にして、首を小さく左右に振る。普段しっかりしている彼女の意外な姿に、オレは少しだけ心臓が高鳴るのを感じた。
「お邪魔しまーす」
「はいどうぞ」
葵のアパートは、大型スーパーから自転車で五分程度のところにあった。新しい臭いがするエレベーターで三階。三○五号室へと通される。玄関の暖簾をくぐると、そこには小さなちゃぶ台が置いてあった。
「狭くて悪いけど、そこに座っててくれるかな? すぐ作るから」
「あ、なんか手伝おうか?」
「大丈夫だよ」
そう言い置くと、買い物籠を持ったままちゃぶ台の向こう側へと回る。そこには小さな炊事場があり、彼女は籠から買ってきた物を出しはじめた。カボチャにユズに、追加購入したサバの切り身など。それらをより分け、今日使わない物は冷蔵庫へとしまっていく。
エプロンを身につけ、手際よく材料を切っていく葵の後ろ姿。普段学校で目にする彼女とは全然違う姿に、オレはがらにもなく緊張してしまう。別に制服エプロンに興奮してるわけではない、はずだ。
葵の友人から聞いたのだが、彼女のお母さんは去年の春に病気でなくなっている。だから、今では家事は彼女が一手に引き受けているらしい。
学校でもしっかり者で母親ポジションの彼女。一体いつ息抜きをするのかとも思うが、どうやらそれも元来の性分らしい。だからこそ、適当に総菜ですまそうとしていた自分を夕飯に誘ってくれたのだろう。
やがてカボチャの仕込みも終わったらしく、彼女はサバを焼きはじめた。こっちにも魚の焼ける良い匂が漂ってきて、パチパチという音が響く。泥棒する猫の気持ちがわかる瞬間は、結構好きだ。
「ちょっとお風呂を沸かしてくる」
さっき買った物の中から柚を手に取って、葵はエプロン姿のまま台所横の洗面所へと入っていった。ユズ? ユズなんか一体なんに使うんだろう。輪切りの胡瓜を顔に貼っつけるみたいな、新しい美容法? さっぱりわからないけれど、葵のやることなんだから何か意味があるんだろうな。
「じゃあ、今ご飯とかお前が作ってるの?」
「うん、初めは慣れなくて大変だったけど、慣れてみると結構楽しいんだ」
ご飯、味噌汁、焼きサバ。カボチャの煮つけ。作り置きしてるらしい具たっぷり入ったおから。ちゃぶ台に並んだおかずを胃に収めながら、他愛もない会話を交わす。店屋物やコンビニのものより、ずっと味付けが優しくて空っぽの胃袋にしみわたる。ああ、うまいもん食ってるなぁって思った。
出汁を取るために一緒に入れてるという煮干しが、カボチャとぴったり合ってて、葵の分までもらってしまった。部活の後で空腹だったこともあるが、何よりも料理の味付けが最高に自分の好みで。他人の家であることも忘れて、オレはものすごい勢いで皿を空にしてしまった。
「まだ食べる? 少しなら残っているよ」
「マジ? 良いの?」
「遠慮しなくてもいいよ。多めに作ったし、父さんの分は別に置いてあるから心配いらないよ」
「んじゃ遠慮無く」
空いた皿を手に取り、葵は鍋へと向かう。
「なんかごめんな。あんまり旨くてつい……」
「それだけ旨そうに食べて貰えれば本望だよ」
苦笑いを浮かべながら、俺の前に残りのカボチャを置いてくれた。
「それにしても、葵って料理上手なんだな」
「そんなことないよ。調味料とか目分量だし」
「いや、少なくともオレのお袋よりは全然上手。こんなウマいカボチャの煮付け食ったの初めてだ」
「嫌だなあ、褒めたってもう何も出ないよ」
残りのカボチャも次から次へとオレの腹へと消えていく。葵は残りの料理に箸をつけるわけでもなく、オレの顔をじっと見ている。
「ん? なんだ? オレの顔になんかついてる?」
「い、いいや、何でもない」
普段冷静な彼女が妙に慌てている。一体どうしたんだろう。遠慮もせずに食べまくってるオレに、ちょっと呆れてるのだろうか。学校では、落ち着いていて頼りになると評判の高い彼女。いつもよりずっと俺達との年齢に近い雰囲気が、なんだか可愛らしい。
「なんか今日の葵、いつもと雰囲気ちがうのな」
「何の話だい?」
「いや、なんか、可愛いな〜って……」
「やや、やめてくれ!」
途端に顔を真っ赤に染め、オレの背中を力いっぱい叩いた。さっき食ったカボチャが出るかと思った。
「ごちそうさま。超うまかったよ。ありがとな」
2015/05/31 16:20:34
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2015/06/01 14:26:29
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2015/05/31 13:49:06
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└あののび太が・・・
└お題:犬の猫
└ もし、先の未来を見ることができたのなら、どうするだろう。 明るく楽しい『先』ならば。 辛く苦しい『先』ならば。 そして、先に待っているのが確実な死であるならば…
└前回に引き続き擬人化BL、会話形式文章。今回は時代を擬人化しております。クスッとしていただけましたら嬉しいです♪
└20年くらい前の作品なので、時代背景が古いのはご容赦ください。完結。