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シリーズ:かなりあ
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かなりあ

作者:八谷 響(エルス)

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

     「かなりあ」と呼ばれる希少種族の真月は、余命幾ばくもない身体で春を売り、日々をただただやり過ごしていた。彼に愛を囁く少年雪白の求めに応じるのも、拒む理由が見つからなかったから。しかし、ある日客としてやってきた若い軍人の宰との交流の中で、次第に彼に惹かれていく。


    登録ユーザー星:7 だれでも星:9 閲覧数:858

    かなりあ 53961文字

     



        一.


     夜が迫ってきたとき、ようやく自分たちが生きるのを許される時間が来たと感じる。窓の丹塗りの欄干に寄りかかり、真月はいつもと変わらぬ往来を見るともなしに眺めていた。
     通りを何本か隔てた先には、海がある。そこから外つ国のものが毎日のように入ってくるのだが、この界隈がその恩恵を受けるのはまだまだ先のようだ。ガス燈という夜でも煌々と輝く灯りや、客達の風変わりな衣服だけが、ここに住む者達にとっての異国だった。
     風が出てきた。真月はけだるい動作で腰を上げ、窓を閉める。そのまま何とはなしに、今宵の衣装を確かめた。
     風呂で磨き上げた身体はつやつやとして気持ちよく、着物は紺地に金の牡丹が散らされた見事な友禅。髪は縛らずに流しておくことにして、夜のような絹の上にそのまましどけなく絡みついている。
     彼を好んで買う客達も、こうして無造作に解いている髪を見るのが好きな者が大半だった。やはり珍しいのだろう。どれだけ長い馴染みの客も、必ず真月の髪をしげしげと触る。
     だがその持ち主たる青年は、凄艶な美貌をどんな感情にも染めずに空虚な目で黄昏の空を見つめているだけだった。高楼にある彼の部屋は当然見晴らしはすばらしかったが、冷たく硬い西洋の真似をしただけの建物が広がる眺めは、彼の心を常に憂いに沈めるのだ。
    「真月」
     ぶっくりとふくらんだ指が、無遠慮に襖を開く。次いでずかずかと指の持ち主が踏み込んできて、真月は眉をひそめ乾いた気持ちで溜息をついた。
     もうすぐ見世の時間だ。
     他の陰間茶屋のやり方は知らないが、ここは吉原の遊郭を真似て入り口を開ける時間の少し前から陰間達を外向きに座らせ、客引きにする。仕事を厭って仮病を使う者がないように、ここの女将は必ず門を開く直前に商売道具達の様子を自ら確かめて回るのだ。
    「ちょっと顔が赤いね。また熱かい?」
     無遠慮な太い指が、彼の顎を持ち上げる。掴み回され顔をねじ曲げられるのが不愉快で、彼は乱暴にその手を払いのける。
    「何でもない。出られる」
    「そうかい。それならいいけどね。今日は大宮大佐様がおいでだからね」
     大宮大佐。真月の上客の一人だ。
     帝國陸軍の重鎮で、吉原の方でもかなり浮き名を流しているらしい。わざわざこんな界隈まで来ることはないだろうにご苦労なことだと、真月は男の腕の中でいつも思っている。
     だがともかく、相手が大宮ならば今夜はそれほどひどい目に遭わされはしないだろう。彼はこういう遊びをよく心得ていて、必要以上の無体はしない。以前真月が試しに体調不良を訴えたら、あっさり信じて何もしなかったくらいだ。
     いよいよになっても熱っぽさが抜けなければまた同じ手を使おうと決め、彼は勢いよく衣擦れの音をさせて立ち上がった。
     はら、と長い髪が肩を滑り落ちる。
     行燈の弱い光を纏わせて、それは空に踊った。
     金色。
     深い色の着物は、真月の透けるような白い肌や真っ青な瞳、何よりこの希有な髪色を殊更映えさせる。憂いと不思議な頼りなさの混在する美しさは、春をひさぐ者としてとっくに薹が立っている彼を、未だこの店の頂点に留めるに十分な理由となっていた。


     音に聞く吉原のように、ここが虚飾の繁栄で輝くことはない。
     形ばかりに海の向こうの近代とやらを模倣した通りに灯が入り、往来の喧噪が昼とは違う色を帯びる。日の光の下でのどこか整然としてよそよそしい健全さが消え失せ、やってくる闇の中で何かを解放できることを喜んでいるのだ。真月はそう思う。
     色合いだけは綺麗に整えた、格子。
     真っ赤な檻の向こう側を、やに下がった顔の男達がのらりくらりと歩いていく。
     男色の趣味がある者達のためだけの界隈だが、政府が新しく変わり西洋の文化を取り入れ始めて以降、かつてほどの賑わいはなくなったといわれている。
     海の向こうの考え方では、男色というのは恥ずべき禁忌とされているらしい。そのため国を開く以前には吉原に負けないほどの豪華絢爛さを誇っていたこの界隈は、今では茶屋が三軒しか残っていない。しかも、他の二軒も真月のいる十六夜楼の勢いに押され、潰れるのは時間の問題だと誰もが考えているほどだ。
     その十六夜楼ですら、客を放さないようにするのにかなりの労力を費やさなければやっていけない。ここへ来るのに後ろめたさを抱える客は、少しでも周囲にばれそうになったらすぐに足が遠のく。
     だから今宵の上客大宮大佐が部下を三人連れてのお越しとあって、主人夫婦の歓びようとごまのすり方は真月も見ていて呆れるくらいだった。
     上等の酒と肴が、次から次へと運ばれてくる。真月の他にも何人か侍っていたが、踊りの得意なのが一人、楽器の得意なのが一人、それぞれ大佐の連れの若い軍人達にすでにあてがわれるのが決まったらしかった。
     すでに彼らのうち二人は、真月の仲間達から快い歓待を受けて完全に酔いが回っていた。こういった場での遊びは初めてか、ほとんど馴染みがないのだろう。慣れた客は正体を失うほど酒を過ごしたりせず、ゆっくりと肴と一緒に宴を楽しむものだ。
     大宮大佐も、粋と言われる客の一人だ。
     大佐は恰幅のいい四十男で、嫌らしさを感じさせない自然な仕草で真月の肩を抱き、満たされる杯を干している。
     いろいろな意味で上客だと思う。もっと品がなくもっと乱暴な客はいくらでもいるのだから。真月の微熱にもすでに気づいていて、こうして抱き寄せているのは労ってくれていることの表れだった。
     本当にいい客だ。今夜はゆっくり休めるに違いない。
     そろそろ各々の騒ぐ声が大きくなってきた部屋の中に、新しい酒が運び込まれる。大宮大佐に抱かれたまま銚子に手を伸ばそうとして、真月はふと顔を上げた。
     今まで気づかなかった。豪華な調度品と青々とした畳、漆塗りの膳に山と並べられた料理と酒。美しく着飾った陰間達。
     そんなきらびやかで豪勢な者達の中にあって、その青年だけは端正な姿勢を崩さずに前を向いたまま座っていた。
     真月と同じ二十代の半ばか、少し若いくらいか。短く整えた髪が凛々しい面差しとよく似合う。涼しげな切れ長の瞳の奧でこの状況をどう感じているのか、真月にはまったく読みとれなかった。
     名前はすでに紹介されていた。確か本條といい、階級は中佐だったはず。
     この若さで高い地位についている理由には、たいてい二通りある。一つは本人の資質がずば抜けている場合で、もう一つは家柄や上司との関係の特別な良好さだ。
     彼の場合どちらなのだろうと考えかけて、やめる。無意味な詮索だ。
     目を逸らそうとして、そこで真月は動きを止めた。
     若き中佐の眼差しが、彼に向けられていた。見つめられていることに慣れているはずなのに、彼はひどく戸惑った。
     何という目で見るのだろう。
     好色を滲ませるでもなく、この髪と目の色を不躾に観察するでもなく。
     ただただ真っ直ぐに、深いぬばたまの瞳で。
     微熱が、上がった気がした。
     火照る頬が気まずくて、真月はふっと顔を背ける。そうしたあとで、自分の振る舞いの稚拙さに腹が立った。
     にっこりと、媚びを浮かべて笑いかけてやればよかったのに。
     こっそり横目で伺うと、中佐のそばには黒髪の少年が寄り添っていた。すでに彼は真月を見ていない。
     ますます腹が立って、唇に強く歯を立てる。
    「どうした、真月?」
     耳元で大宮が囁いた。見られていたようだ。
     口惜しいやらいらだつやらで形よい眉を顰めている真月を、彼は鷹揚な仕草でさらに抱き込む。
    「本條中佐が気になるのかね?」
    「まさか」
     殊更あっさりと答えたつもりだったのに、大佐の笑みは変わらなかった。
    「彼はこういう場所はほとんど経験がなくてね、吉原にも先週連れて行ったばかりだ」
     何しろ彼の実家はお堅くてね、と大佐は続ける。やはり身分家柄で階級を手に入れたのかと、真月は内心で青年を軽蔑した。
    「名前くらいは知っているだろう? 本條斉昭侯爵。あの方の一人息子の宰君だ」
    「本條侯爵?」
     驚きのあまり、真月の愁眉はほどけてしまう。本條侯爵と言えば政府高官、堅物の切れ者として有名だ。侯爵の一言で政府の方針が一八〇度変わることもよくあると噂されている。

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    コメント

    • びっくりするほどシリアスでした。
      私は、普段、斜めに読み飛ばして速読することが多いのですが、それが至難の業でした。
      BLは現代ものが好きなのですが、話が綺麗だったので良かったです。
      ストーリーに長さはあるのですが、もう少し、描写が細かくても良かったかも知れません。
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    •  こちらにも感想ありがとうございます。
       読み飛ばされるような無駄な情報を書かない、というのが目標です。現代物が多いので、ちょっと違ったBLを書きました。これを書いていたときは「なるべくスタイリッシュに地の文を肉抜きしつつ書く」という技術を練習中だったので、未熟でお恥ずかしいです。
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    • わたしの苦手なヤンデレ属性にはぞっとしましたが、それでもなお貫く純粋さには・・・。
      しかも、あの終わり方。大好きです・・・!
      言われていた「どろっどろの」とは、これのことだったのですね・・・!
      しかし、ひとつ。我が身には刺激が多いと・・・うう、わたしって子供?
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    •  苦手要素なのに読んでくださってありがとうございます。でもこの作品で初挑戦でした。ヤンデレ。終わり方は私も好きです。ありがとうございます。
       どろっどろだ! だがそれがいい!ってなったらもうそれは腐女子じゃなくて貴腐人です。はまる年月が長いほどあまあまじゃ足りなくなってくるそうな……。純粋なうちが花ですよ! ちなみに私はすでに「腐動明王」だそうです。┌(┌´△`)┐ホモォ…
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    • 全リストを眺めていて☆の少なさにびっくりしました。もっと評価されていい作品だと思うんですけど。

      読み終わってすぐじゃなく、しばらくしてから☆入れたくなる作品。
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    •  ありがとうございます。後を引くおいしさが売りのエルスです。こっちはあまり宣伝してないせいもあるかもしれませんね。だいぶ前の作品ですし……。
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    作者紹介

    • 八谷 響(エルス)
    • 作品投稿数:5  累計獲得星数:197
    •  八谷響のPNで(株)パブリッシングリンク「ルキア」よりデビューしました。最新作BL「これが、愛」はいるかネットブックス様より配信中です。活動内容・通販情報はブログでご紹介しています。
    • 関連URL
      くまの王国:http://kumakingdom.blog.fc2.com/

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