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シリーズ:スイーツ文庫『花歌恋歌』
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スイーツ文庫『花歌恋歌』

作者:スイーツ文庫

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
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    公園で甥に子守唄を歌っていた歌由は、九歳年下の大学生・来嶋と出会う。自分の歌声が綺麗だと言ってくれた彼に心惹かれるが――


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    スイーツ文庫『花歌恋歌』 71335文字

     


    第1話

     あわい光に包まれて、幼子に安らかな夢を。
     小さな柔らかい背中を、とん、とん、と優しく叩き、撫でて。
     どうか泣かないで、ゆっくり眠って。そう願い、腕の中の愛しい者に、囁くように大好きな歌を歌おう。
     皆に愛された子供。泣く声も愛しいが、眠れないのは可哀想だ。
     だから眠るは、いい子。けれども、そこに居るだけで、いい子。
     

     公園の緑色のベンチに、三月後半の春の日差しが反射する。それを背にして生後四ヶ月の甥、功輝(こうき)を胸に抱き、ころろんころろん、と小さな声で子守唄を歌い続けていた歌由(かゆ)。功輝がようやく眼を閉じて自分の胸に身を預けたため、歌を終わらせて背中を擦った。その時だ。


    「綺麗な、声ですね」


     突然背後から知らない男の声が聞こえ、歌由はぎくりとして振り向いた。彼女の心臓の動きに敏感に反応したか、功輝が再び泣き出しそうになったため、歌由は慌ててその背中を軽く叩き、よしよしと言ってもう一度眠らせる。幸い、功輝はすぐに眠りについた。
     歌由に声をかけたのは、いつの間にそこに居たのか、二メートルほど後ろにある緑色のベンチに座っていた青年だった。三十路を目前にした歌由にしてみれば十分若く見える彼は、頭にタオルを巻き、薄汚れたシャツとズボンを身に着けている。そう言えば、近くに工事現場があった。弁当等の空のプラスチック容器が置いてあることから、そこで働いている人が休憩でもとっているのだろうと推察する。
     功輝を抱く腕に力を入れ歌由が一歩後退すると、彼は頭のタオルを外しながら困ったように眼を細めた。
    「すみません。驚かせて。赤ちゃんも起こしちゃったし」
     その声が思った以上に温かい響きであったことと、功輝を気遣ってくれたことで、歌由の警戒心も僅かに解けた。
    「いえ、そんなこと」
     小さな声でそう言うと、歌由は首を振った。長い髪が功輝に当たらないよう小さな動きで。
     ――それにしても、この青年はいつからそこに居て、歌を聴いていたのか。外で歌っていることが恥ずかしいと俯いた姿勢でいたため、歌由も気付かなかったのだろう。人に迷惑を掛けないよう公園の隅で、か細い声で歌っていたのによく聴き取れたものだ。
     当然歌う前に周りに誰も居ないことは確認したが、功輝が中々眠らなかったので思ったより時間が経っていたようだ。それでも、可愛い甥を眠らせてやりたいと願っていた歌声を、耳に心地良く感じてもらえたのは不快だと言われるよりずっといい。歌由にとってはこのお気に入りの場所で好きな歌を歌う方法が、一番焦らないで功輝を眠らせられるのだった。
     毎週水曜日に預かっている姉の子の功輝は、歌由の初めての甥であり、両親にしてみても待望の初孫だ。家族皆で可愛がっている。だからこそゆったりとした気持ちで歌えるのかもしれない。
     しかし「ありがとうございます」と彼に言うのもおかしい気がした。歌由がどう反応してよいか分からず、と言ってその謎の青年をじろじろと観察したり、あからさまに逃げ出すわけにもいかず、少しずつ後退しながら功輝の身体を揺らしていると、青年は続けて話しかけてきた。
    「お子さん、ですか?」
    「いえ、甥っ子です」
     嘘をつく必要はない。正直に答えたところで、すぐさま危険が降りかかってくるわけでもないだろう。
     子供を産んでみたいものだが、歌由はまだ結婚をしておらず、長らく恋人も居ない。幸せそうな姉が本当は羨ましく、子供が欲しいから甥を可愛がっていた。だからこそ冗談でも「自分の子」とは言いたくない複雑な心境がある。
     それを聞き、「そうですか」と青年は笑った。
    「よく二人でここに来てるから、お母さんかと思ってました」
    「……知ってたんですか?」
     歌由は怪訝そうに彼を見た。この公園に来るようになったのは今月からだ。しかも週に一回。それを見られていたとは。
     この人は怪しい人か、どうなのか。見極めるためにまた一歩後ろに下がりながら、歌由は再び警戒心を強めて青年の眼を見た。青年は眼を逸らさなかった。まだ恐れを知らない若さが伝わってくる真っ直ぐな視線で、歌由の眼を見つめていた。
     歌由もこの年齢なので、相手が悪意を持っているか、純粋に話をしたがっているかは、眼を合わせれば大概見極められると思っている。青年は歌由の方を見たまま立ち上がることもなく、微動だにしないため、歌由も功輝を起こさないよう足を止めて彼を見下ろしていた。
    「公園出て右に曲がったところで、道路工事してるじゃないですか。俺、春休みの間、そのバイトしてるんですが、昼飯はここで食ってるんです。静かで埃臭くないところで食いたくて」
     歌由もこの公園が子供の頃から気に入っており、頻繁に遊びに来ていた。日当たりもよく明るい雰囲気で、今でも地元の人々が整備や清掃をしてくれている安心出来る場所なので、甥のことも散歩に連れて来ているのであった。だから他に散歩や休憩に来ている人がいるのも、頷けないことはない。
     功輝に危険があってはならないと周囲に気を配っていたつもりだったが、一、二回行き会っただけ、しかも遠くに居る人までは視界に入っていなかったようだ。ぼんやりとしているとよく言われる歌由は、今日も内心反省する。
    「恥ずかしいです」
     歌由は小さな声でそう言うと、顔を功輝との間に埋めた。知らないうちに自分の無防備な姿を見られていた。呑気な歌声を聞かれていた。今年の冬に三十歳になるというのに、まだ自分の子供が抱けていない。――それら全てをきまりが悪いと思うのに、そんな自分の歌声を綺麗だと言われたことが何よりも恥ずかしい。しかも、自分よりもずっと若い青年に。
     歌由がまた一歩下がったので、青年は腰を上げた。
    「あ、すみません。恐がらせるつもりはなかったんだけど。俺、来嶋(くるしま)って言います。この四月で、大学三年になります」
     来嶋と名乗ったその青年は、隣市の総合大学に通っているらしい。歌由の職場は同じ市にあり、その大学の関係者も訪れてくる。事実かどうか分からないが、申し訳なさそうに頭を掻く来嶋の表情にどこか幼さが見られ、歌由は少し安心した。
     つまり彼は二十歳くらいということだろう。未成年ではないにせよ、十歳近く年が離れているわけだ。そう思うと先ほどより得体の知れなさは感じなくなったが、立ち上がった来嶋は歌由よりも十センチ以上背が高い。自分だけでなく大事な赤ん坊が一緒なのだ。恐くないといえば嘘になる。様々な事件を思い出しては何が起こるか分からないと、どうしても身構えてしまう。
     だから歌由の方は名乗ることができずに、困ったように来嶋から眼を逸らした。――そろそろ帰ろう。功輝に何かあってもいけない。歌由はタイミングを計るように、もう一度来嶋をちらりと見た。
     日の光に当たった部分が、茶色に光る髪。眼もくるりと丸い、愛嬌のある顔だ。自分を褒めてくれたことと言い、ただ人懐っこいだけで悪い人ではないような気もしてくる。
    「ここ、甥っ子さんとよく散歩に来るんですか?」
     すると来嶋にまた話しかけられてしまい、歌由は思わず頷いた。個人情報が漏れない程度に言葉を添える。
    「実家に帰ってきている時だけ」
     功輝の父親――つまり歌由の義理の兄は今、数ヶ月の海外出張に出ている。生まれたばかりの第一子と離れることを寂しがり、姉の詩歩(しほ)も心細がっているが二人で決めたことだった。治安がよいと言えない国に生まれたばかりの子供を連れていけないということと、詩歩も産休が明けると同時に職場に復帰したかったからだ。
     義理の兄が歌由の家の方に姓を変えたので、現在詩歩は実家で暮らしている。彼女が仕事を始めてもすぐに功輝を保育園に預けることはなく、ようやく授かった初孫を可愛がる両親は、せめて自分たちが元気なうちは、と生後間もない彼の面倒を見ることにしたのであった。
     歌由と言えば自分の年齢を考え、数年前から職場近くのアパートで一人暮らしをしていた。しかし両親の都合がつかない日で歌由が仕事を休める日は、義兄の居ない間だけこうして子育てに協力しているのであった。結局彼女も、初めての甥が可愛くてたまらないのだ。

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    • スイーツ文庫
    • 作品投稿数:17  累計獲得星数:256
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      スイーツ文庫:http://sweetsbunko.jp/

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