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シリーズ:春が笑う 6
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春が笑う 6

作者:なつき

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    春が笑う 第6話です。


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    春が笑う 6 0文字

     

     春日はこの上なく緊張していた。今に比べたら、昨日のなんて緊張じゃなかった気さえしてくる。
    菱也のオフィス前で、ノックができないまま、数分が過ぎていた。
    まさか新社長付きにいきなり任命されるとは思ってもいなかったのだ。
    でもこのままずっとこうしているわけにもいかない。すでに数人からの通りすがりの社員から変な視線を
    向けられていた。     
     意を決して、拳をドアに向けようとした瞬間、
    「おい、ドアを壊さないでくれよ。ぶち破る勢いだな。」
     春日の背後から声をかけられた。菱也だ。
    「おはよう。尾山さん。さあ、どうぞ。」
     目を丸くする春日にほほえんで見せて、菱也はドアを開け、新社長室の中へと促した。
    「お、おはようございます!岩本社長!本日より、社長室付きになりました、尾山春日です!
    よろしくおねがいします!」
     だが、春日は中には入らず、菱也に向き直り、深々と頭を下げて自己紹介をする。
    「はい、よろしく。・・・入ってくれないと、ドアを閉められないんだけどね。」
     自己紹介はお互いに済ましているはずなのに、律儀に挨拶する春日が可愛くてたまらない。
    ドアに手を置き、少し体をもたれさせ、菱也は春日を眺める。
    「あぁ!す、すみません!」
     菱也の言葉に顔を青くして、春日はすごい勢いで中に入った。菱也はなんだかワクワクしていた。
    「君のデスクはそこね。あ、この部屋、禁煙だから。吸わないだろう?」
     春日が必死にコクコク頷くのを唇の片端を上げて見る。良かった。今日は機嫌がいいらしい。
    春日は心の中で安堵した。昨日はなんだか不機嫌っぽかったから、心配だったんだ。
    「そこにある資料を年代順にデータ化してほしい。見やすかったらどんな様式でもかまわないから。
    期限もない。好きに、ゆっくりしてくれ。」
    「わかりました。あ、あの、これ!」
     春日は菱也に封筒とリボンのついた包みを突き出した。
    「これは?」
    「お借りしていたお金と、昨日のお金と、お礼の気持ちです。昨日は、わたしがお呼び立てしたんですから、
    わたしが出したいんです。受け取ってください。」
     菱也は少し躊躇した。これを受け取ったら、春日との関係が切れてしまう気がした。
    しかし、春日はいま、菱也の目の前にいる。菱也の、手が届くところに。
    「わかった。受け取るよ。こっちこそ、気を使わせてしまったね。」
    「いえ、いつも助けていただいて、感謝してます。まるで、王子さまみたいで・・・。
    あ、な、なんでもないです!し、仕事、始めます!」
    「ああ、お願いするよ。わからないことがあったら、俺か富山に、・・・できる限り、
    俺に聞いてくれ。」
    「はい。」
     資料のあまりの量に春日はひるみそうになったが、菱也に必要とされたのがうれしくて、
    気合を入れてがんばろうと思った。仕事に取り掛かりながら、春日は時々、菱也を見る。
    ひっきりなしにかかってくる電話やメールに追われ、忙しそうだ。眼鏡をはずし、眉間に手をやる。
    「お疲れですか?」
     思わず声をかけてしまった。
    「いや、目が疲れやすいんだ。乱視でね。尾山さんこそ、目が疲れないか?」
    「あ、わたしは、丈夫なので、疲れたことないんです。」
     春日はニコッと笑う。健康だけが取り柄なのだ。
    「ふっ、それはいいね。」
     菱也も笑う。なんだろう、この穏やかな感じは。確かに仕事は忙しい。でも、春日を見ると安らぐ。
    この落ち着く二人だけの時間・・・。
    「理事、会議の時間ですよ。」
     冨山が入ってくる。菱也は現実に戻され、ため息をあからさまについた。
    「あ、尾山さん、おはようございます。大変だけどがんばって。」
    「おはようございます。がんばります。」
    「今日のランチ、一緒に行きましょう。」
    「はい、よろこんで、」
    「冨山、行くぞ。資料は持ったのか?」
     春日と冨山の会話に菱也が割って入る。
    「持ちましたよ。」
     部屋を出て行く二人を春日は見送った。そんな春日の姿を横目で見てから、菱也は部屋を出た。
    「なんでお前が尾山さんをランチに誘うんだ?」
     歩きながら菱也は冨山に聞く。
    「いけませんでしたか?だって今日は由布子さんが来る予定ですし、」
     冨山の言葉で菱也は思い出した。今日は由布子が注文していた婚約指輪を持ってくる日だった。
    そんなことを忘れていた自分に菱也は呆れた。

     二人が出て行った後、春日は仕事の手を休めた。
    「コーヒー、もらっていいかな・・・。」
     新社長室には専用のコーヒーメーカーがある。豆も何種類か置いてあって、なんだか楽しそうだと思った。
    そんな春日が席を立とうとしたとき、携帯のメールがきた。広末からだった。
     いま、なにしてるの?僕はね、さぼり。
    ただそれだけのなんてことのない文面。だが春日の胸中は穏やかでない。
    まさか、広末が自分のことを好きだったなんて、鈍感な春日は全然気がつかなかったのだ。
    「簡単に考えるって、・・・どうしたらいいのかな・・・。」
     わからなかった。ただ確かに言えるのは、自分は広末を恋愛の対象として見た事はないってこと。
    好きかどうかで言えば、好きだけど・・・。でも、ドキドキはしない。
    ・・・菱也の姿を見たときのように、ドキドキしない・・・。
    菱也を前にすると、心臓は果てしなく、痛くなる。
    でもそれが、緊張から来るものなのか、違う意味を持つのか。春日自身にもわからなかった。
     ノックの音がした。
    「は、はい、どうぞ、」
     春日は慌てて、ドアを開ける。そこには由布子が美しい微笑をたたえて立っていた。
    「菱也さんは不在なの?」
    「あ、はい、会議に、あ、どうぞ中へお入りください。」
    「ありがとう。」
     いつも菱也と一緒にいる女性。婚約したと、広末が言っていた・・・。
    「あなた、映一さんと一緒にいた方ね。」
    「はい。今日から資料の整理をするために社長室付きになりました、尾山春日です。」
     コーヒーを差し出しながら、春日は自己紹介する。
    「ありがとう。わたしは山下由布子です。菱也さんの婚約者なの。」
     はにかみながら言う由布子を見て、春日はこの人、きれいでかわいいなぁと思った。
    「尾山さんって、あのとき、菱也さんが声をかけていた方ね、カフェで、」
     由布子は春日が菱也にナンパから助けてもらったときのことを思い出したようだ。
    「映一さんの恋人だからだったのね。ここだけの話、菱也さんって、人助けなんてしない人だから
    不思議だったの。」
     菱也は人助けをしない。由布子はそう言って笑うが、春日は菱也に何度も助けられているので
    由布子の言葉が信じられなかった。
    「あ、あの、わたし、広末さんの恋人じゃないんです。」
    「そうなの?でも、映一さんはあなたのこと好きなんじゃない?」
    「・・・告白は、されました。」
    「やっぱり!だって、映一さんはすぐ態度に出るからわかりやすいの。」
     由布子は楽しそうに笑う。
    「わたし、どうしていいか、わからなくて。」
     春日は素直な気持ちを由布子に言った。まだ数えるほどしか会ったことのない人にこんなことを
    言うのもおかしいとは思いつつ・・・。
    「広末さんは簡単に考えてって言うんですけど、その意味がわたしは、わからなくて、」
     由布子は春日の真剣な顔を見て、笑うのをやめた。
    「ん・・・、そうねぇ。尾山さんはいま好きな人がいるの?」
     由布子の問いに、春日は一瞬、菱也の顔を思い浮かべたのを必死で払拭した。
    「い、いないです。それにわたし、いままで男性とお付き合いって、したことないし・・・。」
     真っ赤になる春日に由布子は保護欲をかきたてられた。
    「かわいいのね、尾山さんって!」
    「え?」
    「深く考えないで、つきあってみたら?映一さんはとてもいい人よ。
    それに尾山さんが映一さんの恋人になれば、わたしたち4人で遊びにいけるじゃない。」
     4人でって・・・。春日は由布子の勢いに圧倒される。
    「ねえ、春日さんって呼んでいい?わたしのことも由布子って呼んで。」
     たじろぐ春日におかまいなしの由布子のマイペースぶりに、春日は何も言えず、頷くしかできなかった。
    これがお嬢様って人種か、と変に感心してしまう。
    「由布子、もう来ていたのか。」
     会議を終えた菱也が部屋に入ってきた。その表情は、無機質で、心の中が読み取れない。

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