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シリーズ:悠久を紡ぐ者
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悠久を紡ぐ者

作者:春風カナト

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    浅塚澪は、寿退社の後結婚が破談になり、再就職活動に苦戦する29歳。細金(ほそがね)という伝統工芸を営む母親の跡継ぎの話を、その知名度の低さを理由に断り続けている。ある日寺院の参拝中に倒れた澪が目覚めると、そこは知らない寺院になっていた。澪を匿った僧侶・慈慶(じけい)は、女人禁制の寺院へ侵入したとして、澪を「お奉行様」へ突き出そうとする。しかしふとしたきっかけで澪が細金師だと知り、条件付きで罪を見逃すと申し出た。はるか昔に描く壮大な金細工は、澪をどこへ導くのか。


    登録ユーザー星:12 だれでも星:20 閲覧数:1238

    悠久を紡ぐ者 59307文字

     

     長い髪を纏めるゴムを指先で引っ張りながら、浅塚澪は早歩きで歩いていた。既に暑苦しい初夏、きっちり着込んだスーツは最早不快でしかない。脱ぎ捨てたい衝動を抑えるのに必死だ。
    「いくら何でもあんまりじゃない。その場で不採用だなんて」
     人目も気にせず独り言を吐き、駅の改札口を抜ける。
    “ご結婚はまだですか。これからご結婚、ご出産となれば、仕事との両立は難しいですからねぇ……”
     先程受けた面接の一場面を思い出し、澪は顔をしかめる。まだ一応二十代、けれど限りなく三十に近い二十九歳の未婚女が就活した場合、結婚出産間近の雇いにくい物件と判断されてしまうらしい。不採用続きで、就職への不安は募るばかり。
    (そもそも、彼氏すらいないっての!)
     電車の座席に座った澪は、重いため息をつく。
     澪には婚約した相手がいたが、結納を目前に相手の男が浮気し、破談。寿退社していた澪は、再就職活動を余儀なくされたのだ。幸せな結婚を思い描いていただけに、日々気が重いばかり。
     玄関の扉を開けると、澪の母、さち代が笑顔で出迎えた。澪は現在実家暮らしだ。
    「お帰り。どうだったの面接は」
    「駄目だった」
    「そう……。でも、結果の電話が来るまでは解らないじゃないの」
    「その場で落とされたのよ」
     澪はまっすぐ自分の部屋へ引っ込んだ。手早く着替え、既に準備済みの旅行鞄に手持ち用のバッグを詰め込んだら、それを掴んで玄関に蜻蛉返りだ。
    「どこ行くの?」
    「夏子のとこ。都合つかなくて今日にしたんだけど、気分転換になるし丁度良かった」
     靴を履きながら答えれば、さち代はリビングから何か取ってきた。
    「ついでにこれ、夏子ちゃんに渡してきて」
     受け取った桐箱の蓋を開けると、扇形の小物が顔を出す。「釘隠し」という、寺院等で用いられる装飾具。表面の金細工はさち代が施したもので、細く切った金箔で文様を描く、細金(ほそがね)という伝統技法だ。
    「依頼受けてたんだっけ。持ってくね」
    「夏子ちゃん、よく仕事をくれるから有難いわ」
    「夏子の実家、お寺だからね。また頼んでくれるよ」
    「そうだといいわね」
     さち代は、ふと玄関の壁に飾られた額入りの画を見た。カラーコピーの仏画の上の拙い細金は、澪が幼い頃施したものだ。
    「最近手伝ってくれないのね、細金。澪の作品、繊細で美しいって評判なのよ。またやってみない?」
     澪はバツ悪くさち代から目を逸らした。
    「婚約やら破談やらと忙しかったでしょ。今は就活中だしさ」
    「でも、澪には才能があるんだし、就職が決まらないなら私の跡を継いでも……」
    「今まで通りできる時は手伝うけど、本業としては無理。細金は知名度も高くないし、かなりの才能と運が無いと生計を立てていけない。お母さんだって腕は悪くないのに、苦労してるでしょ」
    「……」
     さち代が苦笑するだけなのは、事実細金が、遥か江戸時代より衰退し、細々と受け継がれてきた技だからだ。一般人はほぼ知らない。常々後継ぎを断ってきた澪だが、恋人から婚約破棄されて以来、安定を求め以前よりも頑なになっていた。


    「久しぶり。澪がこっちに来てくれたの、初めてよね」
     駅で待っていた夏子は、満面の笑みで澪を迎えた。二人は大学時代からの親友だが、卒業後それぞれ実家の近くに戻り距離ができたので、今回も約一年ぶりの再会だ。喫茶店に入れば、すぐに雑談に花が咲く。
    「どう、その後彼氏できた?」
    「恋愛沙汰は何も。就活に苦戦してる」
    「じゃあ、うちの敬宝寺に嫁入りする?」
    「遠慮しとく。坊主頭あんまり好みじゃないし」
    「またそれを言うか」
     お決まりのやり取りで笑い合う。
     その後二人で乗り込んだ夏子の車が、寺の参道に差し掛かった。これから寺に寄って作品を納品し、居酒屋で飲んで、夏子のマンションで休む予定だ。
     山上の寺である敬宝寺の参道は、登りのみの徒歩一時間。さすがに全行程は無理だが、初めて来たので入口周辺だけ少し歩かせて貰うことにした。
     駐車場に車を停め、参道に入る。入口には朱塗りの山門が建っていた。その先に続く石段は所々苔むしている。生い茂った木々に覆われ全体が日陰で、空気がひんやりと澄んでいた。
    「車で行けるから、歩いて登る人あまりいないのよ。時間かかるし体力要るし。でも私は好きなんだけどな」
     隣でぼやく夏子の声を聞き流しながら、澪は景色に魅入っていた。敬宝寺はこの辺りでは比較的名の知れた寺院らしいが、平日だからか夕方だからか、参拝者の姿はまばらだ。
     澪が一段、二段と階段を登った所で、けたたましい電子音が雰囲気を打ち壊した。
    「あっ彼氏から電話。ごめん澪、ちょっと」
     スマートフォンを耳に押し当てた夏子は、石段の隅に座り込み話し始めた。澪は夏子を無視して、さらに石段を登っていく。
    (何もかも忘れられそう……)
     若干仰向くようにして目を閉じる。別に日常に悲観してはいない。だが結婚が破談になり就職もできない今の状況を、幸せだとは言いきれない。ぼんやり佇む澪だったが、突然頭上で木々が大きくざわめき、驚いて見上げた。
    (突風? でも風なんて感じなかったのに。鳥とか?)
     眉根を寄せた瞬間、頭の芯がひどく痛んだ。同時に吐き気がこみ上げるが、気持ちが悪いだけで吐けない。夏子に助けを求めようにも振り向く余裕もなく、澪は倒れ込んだ石段に手をついた。強い眩暈に頭が揺れ、意識が遠のく。
    「……うっ」
     ふと、頬に当たる砂の感触に気付き、澪は呻き声を上げた。しばらく倒れ込んでいたのか、頭痛が若干和らいでいる。よろめきながら立ち上がった澪は、視界に飛び込む風景に驚愕した。
     眼前に広がるのは、鬱蒼とした木々に囲まれた、大小複数の御堂がある広大な境内。参拝者どころか人が一人もない、静かで不気味な景色だった。
    「何これ、どういうこと……?」
     澪は混乱した。確かに先程、参道の入り口の山門をくぐり、石段を数段上った所だったはずだ。だが今は、下りの石段と山上からの景色が背後にある。
    (私、無意識に登って来たの?)
     全く覚えがないが、徒歩一時間の石段を登り切ったとしか考えられない。澪は迷った末、人を探して、本堂と思われる一番大きな御堂に向かう。
    「あの、すいませーん……」
     引き戸を開け中を覗くと、座敷が広がっていた。正面奥の二本の柱の向こうが一段高くなっており、そこに厳かな装飾を纏った仏像が安置されている。靴を脱いで室内に足を踏み入れた澪は、部屋の中腹あたりで目を見開いた。薄暗い室内の天井いっぱいに広がった画が、やけにはっきりと澪の瞳に映り込む。画の中の浄土の六鳥に施された、見覚えのある金細工。
    (すごい、細金だわ。最近復元されたもの? こんな大作の復元なら話を聞かないはずないのに。だけど昔の作品がこんなに鮮やかな訳ないし……)
     鳥達はまるで生きているかのように、天井から澪をじっと見つめている。と、先程よりも強い痛みが澪の脳天を突き抜けた。視界がぐらぐらと揺れ、額に脂汗が滲む。その場に崩れ落ち、澪は気を失った。 


     まどろみの中ゆっくりと瞼を開けると、黒い法衣と橙色の袈裟が視界に飛び込む。
    (ん? お坊さん?) 
    「気が付かれましたか」
     低く落ち着いた声が、耳に心地よく響いた。もう頭痛も吐き気もない。
    (私、死にかけたのかな。お坊さんってことは、もしかして読経されてた? まさかお通夜!?)
    「私、まだ生きてます!」
     慌てて身を起こす。
    「存じておりますよ。貴女を看ていましたから」
     澪は瞬きを繰り返し、周りを見回した。広々とした座敷の一室には、布団に寝かされた澪とその脇に座った僧侶だけしかなく、通夜の様子はない。僧侶に視線を戻し、澪はおずおずと尋ねた。
    「あの、あなたは……?」
    「慈慶(じけい)と申します」
    「慈慶……さん」
    (お坊さんの法名ね。年上っぽいけど、三十代前半くらい?)
     状況の飲み込めない澪は、とりあえず慈慶と名乗った僧侶をまじまじと観察した。落ち着いていながら強い意志を秘めたような濃い茶色の瞳は妙に澄んでいて、黒の法衣と橙色の袈裟が良く似合っている。刈り込まれた短髪は、鼻筋の通った端正な顔立ちを邪魔することなく惹き立てていた。

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    コメント

    • よかったです!!!表紙コンペが始まりましたので、まずは作品を読んでから・・・と思い覗かせてもらったんですが、実はライトノベルというものをきちんと読んだのは2回目なのです。
      ライトノベルという言葉ができ始めた頃はもちろんプロ作家なんてほぼいませんでしたので、中高生が自己満足で書いたような作品ばかりでした。言葉を追っていっても何もイメージすることができず、当時は本当に「何だこりゃ」と思ったものです。でもちゃんとした人が書けば、きちんとした作品になるんだということが相坂さんの作品を読んでよくわかりましたw
      そして、春風さんのこの作品を読んでもっとそれを確信しましたw

      細金という仕事の知識が (続
      • 4 fav
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    • 全くないものですから、そこだけはイメージするのが難しかったです。でもあまり細かく描写しすぎてもくどくなるし、逆につまらなくなっちゃうので私はこれくらいぼんやりしたイメージでちょうどいいと思いましたw

      後半、最後にあの場所で思いを馳せたところは目に見えるようでした。
      私は個人的に、頼久くんが賢くて切なくてでも状況を受け入れてて大好きですw
      面白かったし、いい作品でしたw
      • 3 fav

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    • カールさん、はじめまして。ご感想ありがとうございます。
      お返事が遅くなりまして大変申し訳ありません。

      ライトノベルをあまりお読みになったことがないということで、私の稚拙な文章は大変読みにくかったと思いますが、こうしてご感想までいただけて光栄です。
      私はまさに中高生が自己満足で書いたような作品からスタートした者で、少女漫画にあこがれて小説に手を出しました(笑)
      きちんとした作品と言っていただけてうれしい想いです。

      (続
      • 2 fav

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    • 細金の表現については私も大変苦戦しまして、上手く表現できず申し訳ない気持ちです。もっと勉強して頑張ろうと思いました。

      後半の例のシーン、褒めていただけてうれしいです!
      頼久は私にとってもお気に入りのキャラクターなので、大好きと言っていただけて感激しています。

      良い作品だなんてありがとうございます。これからも頑張ります。
      ありがとうございました!!
      • 3 fav

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    • 佳作をいただけました。ありがとうございます!信じられない思いです。応援してくださった方々、ありがとうございました。
      • 4 fav
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    • とても楽しく拝読させていただきました。読んでいる間、本当にドキドキして胸がキュンキュンしてしましました。主要キャラが非常に魅力的で、ライバルというかちょっぴり意地悪な立場で出てくる子にも魅力があって、ご自分の子たちをとても大事にされているんだろうなぁと、勝手に推察してしまいました(笑)
      ストーリー作りも非常にお上手で、自分ももっと精進しなければ……と気合が入ったものです。本当にすごく、面白かったです。素敵な作品に巡り合えましたこと、感謝いたします。これからも、がんばってください。応援しております。
      • 4 fav
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    • 相坂桃花様、ご感想ありがとうございます。お返事が遅くなってごめんなさい。
      魅力あるキャラクターを描くのって難しいです。魅力的と評していただけてすごく嬉しかったです!
      私は最近応募を始めた未熟者で、小説には見苦しい点が目立ったかと思いますが、面白いと言っていただけて感激しています。
      ストーリー作りもまだまだ下手くそなんですが、暖かいお言葉で褒めていただけて、今後も頑張ろうと思えました。本当にありがとうございます。
      相坂様の作品も、ぜひぜひ読ませて頂ければと思います。
      今後も頑張りますね。お互い頑張りましょう!
      • 4 fav

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    作者紹介

    • 春風カナト
    • 作品投稿数:1  累計獲得星数:32
    • 主に現代恋愛を好んで書いてきた物書きです。現在、BL、ファンタジー世界の描き方を勉強中。ご感想など頂けるととても喜びます。宜しくお願いします!
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