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シリーズ:箱庭の甘い懊悩

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  • 箱庭の甘い懊悩

    作者:秋村

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
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    五話。



    箱庭の甘い懊悩 8889文字

     

     走った。全速力で。こんなにも必死に駆けたのは、いつぶりだろう。
     広い屋敷の回廊を行き、出口がどこか分からぬままに走り抜く。

     とはいえ、本格的に逃げ出すわけではない。拓斗のことがある。隠れる場所があればどこでも良かった。

     この世界に夜があるのかは知らないが、それでも回廊から外を見れば先程より薄暗くなっている。

     おそらく、夜はくる。それまでの辛抱だ。夜までに拓斗が見つかればそれでよし、見つからなければ奏人は事実上のゲームオーバーだ。

    (うわ……)

     本格手に迷ってしまった頃、息を切らせながら奏人は中庭のような場所に出た。

     肩で息をしつつ辺りを見回し、美しく整えられた庭に足を止める。
     薄闇の中でも分かる、色取り取りの美しい花々。草木は奏人の知るそれとよく似ていて、風に乗って優しい香りが奏人を包んだ。

     腕を縛られて男に抱かれることから逃げている事実を除けば、ここが別世界だということを忘れそうな空間だった。

     改めて空を仰ぐ。
     茜色の空は夜を間近に控えてどこか寂しげで、流れる雲や遙か遠くで瞬く光は人間の世界と何も変わらない。

     ぼんやり、隠れることも忘れて空に魅入られていると、すぐ傍に足音を聞いた。
     体を強張らせ、慌てて逃げようとする奏人の前に現れる巨体。

     目が合い、息を呑む。
     二メートル近くはあるだろう。袖のないシャツから覗く逞しい両腕。胸板も厚く、頭は見事なスキンヘッドときている。

     何かしらの格闘技を極めていそうな男を前に、奏人はこの逃亡劇がピリウドを打ったことを悟った。

     無理だ。こんな強そうな巨体から逃げられる自信などない。
     殴られればきっと吹っ飛ぶ。
     凄味すら漂わせる鳶色の瞳が、ジロリと値踏みするように奏人を見た。

    「君」

     予想以上に低い声に、肩が震える。
     地を這うような声は、呼びかけられただけで震えが走るようだった。
     奏人を探していたのか、屋敷の警備を一身に担っていそうな彼に膝が笑う。

     ソロとは別の次元で恐怖心を抱かせる。奏人は物理的攻撃に備えて、思わず身構えた。

    「縛られてるの? 可哀想に……。新人さんかな。大丈夫、すぐ僕が解いてあげるからね」

     穏やか笑顔を浮かべて彼が言った。笑うと印象がガラリと変わる。奏人は目を瞬いて、何も言えぬまま自身の後ろに回った青年を見た。
     首を捻って見下ろす先で彼は片膝をつき、太い指で固く結ばれた紐を解いてゆく。

    「フォニックがこんなこと許さないはずなのになぁ。あ、ちょっと動かないでね」

     そう言って、本当に奏人の腕を自由にしてくれた。
     笑顔でポケットから小さな包みを取り出し、元気出してと手渡してくる。

     見れば食べ物のようだった。薄紅色の球体が包まれている。甘い匂いがした。元の世界でいうところの飴玉に似ている。

     おいしそうだったが、この世界の食べ物は消化できないと聞いたばかりだ。口に放る勇気はない。

    「僕も新人の頃は図体の割に気が弱いって、よくイジメられたなぁ。でも腕を縛るなんて、何か大きな失敗でもしたの?」

    「あ、いや……その」

     何と言っていいのか分からず言葉を濁す奏人に、強面の割に親切な青年が優しい笑顔を浮かべた。

    「いいんだよ、言いたくなかったら。でもどこの担当なのか、そこだけ教えて? 僕も一応統括補佐として知っておかないといけないし」

    (統括、補佐? 偉いのか?)

     何を統括しているのか分からないが、そもそも担当などないしここで働いていないので答えようがない。

     時間的に、そろそろここも見つかりそうだ。後ろを振り返り、追っ手の有無を確認する。

     すると何を勘違いしたのか、彼が察した顔をして肩に手を乗せてきた。目には薄っすら涙まで浮かんでいる。

    「そうか、辛かったね。あいつも悪い奴じゃなんだけど……。あ、それならコードの管理下だし彼に相談してみたらどうかな? 冷たい物言いが多いけど、部下は大切にする奴だよ。こういうことも大嫌いだしね」

     コード。奏人を拾ってこの屋敷に連れてきた男の名だ。彼を知っているのか。しかも呼び捨てている。彼はさっきフォニックの名も口にしていた。

     ソロと一緒にいた二人の名前が敬称無しで出てきたということは、彼もそれなりの地位にあるということなのか。

    (なんか、勝手に勘違いされてるけど)

     これは使える。
     そう切り替えて、追っ手に気を配りながら目の前の男に尋ねた。

    「あの、人間が来たって」
    「え? あ、うん。よく知ってるね。まだ僕たちしか知らないはずなのに。やっぱり騒ぎになってるのかな」

    (僕、たち?)

     公開されていない情報を、先に得ていたというわけか。やはりそれなりの地位にあるとみる。

     これはチャンスだ。正体がバレていない今が、まさに好機である。奏人は立ち去ることを一旦止め、改めて青年に向き直った。

     情報量は多いに越したことはない。得られるものは、得るべき時に手に入れなければならない。

    「人間は、どうなると思いますか?」

     青年は何故そんなことを訊くのかといった顔をしたが、何かを言うわけでもなく少し考え込んだ後で、奏人の質問に答えてくれた。

    「そうだね……。ここで引き取らなければ、おそらく業者に売り飛ばされる。ここに住むことになっても、おそらくは……」

     どこか辛そうに視線を落とす彼に、これはどういう感情からくる表情だと目を凝らした。

     育ってきた環境のお陰もあって、奏人は顔色を見るのは得意だ。
     これだけ見た目が似ているのなら、感情の起伏も同じようなものだろう。それならば、機微にはとても敏い。

    (人間を歓迎してないのか。いや、人間を飼うことに賛成していないんだ)

     強面の風貌とは違い、奏人のことを気にかけてくれる優しい言動。その彼がこんな顔をしている理由。
     今の奏人に思い当たるのは、一つしかなかった。

    「爪、ですか?」

    「……うん。やっぱり人間の爪が僕らの肌を溶かすからといって、剥ぐのはどうかと思うんだ。彼らだって好きで律界に落ちてきたわけじゃないからね」

    (溶かす? 律界?)

     それがこの世界の名なのか。
     ソロは爪を毒だと言っていたが、まさか肌を溶かすことができるとは。どうりで、爪を剥いだり指を切ったりするはずだ。

     予想以上の猛毒、というわけだ。
     適当に頷きながら、奏人は話を進める。
     どこでボロが出るかは分からないが、出たとこ勝負だと腹を括った。

    「俺、人間の爪に毒があるなんて知りませんでした」
    「そうなんだ? あ、でも無理はないか。人間がいたのって、もう三百年近く前のことだもんね。僕も実際の人間は見たことがないし。律界を原型としているだけあって、外見に差はないらしいよ」

    「原型?」
    「あれ、初耳? もしかして、生まれたばかりなのかな?」

     言葉に詰まる。
     生まれたばかり、とは奏人に対して使う言葉ではないと思ったからだ。

     だがここは異世界。元いた世界の常識が通じないのは当然のこと。
     何と答えればいいのか分からず曖昧に笑っていると、彼はどう取ったのか丁寧に説明をし始めてくれた。

    「人間界はね、元々律界と同じ空間にあったんだ。六代目の律王(スコアモナルク)と天界の王とが、力を合わせてお創りになったんだよ。人間の言葉だと、確か太陽系と言ったかな」

    (太陽系? ……創った? え、待って。ビックバンとかじゃないの?)

     奏人の驚きを余所に、巨体の青年が話しを続ける。

    「人間界って元々は太陽系全体をさす言葉なんだ。でも地球以外に生命が育たなかったから、今じゃ地球にいる人間たちの世界をそう呼ぶんだよ」

     初めて耳にする事実に、奏人は頭の中を整理しながら神妙に頷いた。

     あまり驚き過ぎると不審にも思われる。律界の住人にしてみれば、所詮は他の世界の話だ。驚愕するほどのことではない。

     多々ある疑問には口を噤み、奏人は黙って青年の話に耳を傾ける。

    「だけど、順調だった育成に邪魔が入った。人間の始祖が生まれた頃、魔界と霊界の王が横やりを入れたんだ。四界大戦の始まりだね。さすがに四界大戦は知ってるよね? 人間界の覇権を巡って、律界・天界・魔界・霊界が戦争を起こした大戦争のこと」

    (四界、大戦?)

     なんなのだ、それは。知るわけがない。

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    コメント

    作者紹介

    • 秋村
    • 作品投稿数:13  累計獲得星数:20
    • 色々あってBL小説投稿してるのがリア友にバレそうになり慌てて削除し、どうにか回避できたので戻ってきました。
      他のサイトさん活用してたけど、個人的にここが一番投稿しやすい。
      出戻りスミマセン(--;

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