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蜂蜜レモネードを一杯

作者:朝来みゆか

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    「パルテール」のメンバーに寄り添う小さなお話。
    第十話:史華。十三名それぞれの物語を三分で読める形に仕上げます。
    GL小説『春はくちびるから始まる』スピンオフシリーズ。


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    蜂蜜レモネードを一杯 1197文字

     

     懐かしい駅は甘しょっぱい匂いが漂っていた。待合室の横で営業する蕎麦屋の出汁の匂いだ。
     改札口を出て、肩にかけたバッグを左右持ち替える。
     史華と同じ列車に乗ってきた客が、三台停まっているタクシーの先頭に乗り込んだ。走り出したタクシーの後に、白い土ぼこりが立った。
     光がまんべんなくあたりを照らし、葉の影がくっきりと地面に落ちる。郵便ポストは投函される手紙を待っている。
     シャッターを下ろした店はもともと何だっただろうか。土産物屋か酒屋か、思い出せない。
     駅前ロータリーのまぶしさは、ステージの上とは違う。
     夏は東京より涼しく、冬は雪深くなる、この町。
     県庁のある駅から四つ離れただけで、すっかり田舎の景色だ。
     史華は目を細め、新しい厚底サンダルで歩き始める。晴雨兼用の折り畳み傘はバッグに入っているけれど、日差しを浴びたい気分で。遠く鳥の声が響く。

     通っていた学校に向かうと、体育で外に出ている生徒のうち、幾人かが史華に気づいて寄ってきた。金網越しに手を振り、騒ぎが大きくならないうちに離れる。
     東京を発つときに買ったペットボトルのお茶を飲みながら、歩いて実家に帰った。
    「おかえり。シャワー浴びる? 何か食べる?」
     母親はまるで今朝出ていった娘を迎えるような自然さで声を投げてきた。およそ半年ぶりのオフなのだけれど。
    「ただいま」
     史華はバッグを下ろし、カーディガンを脱ぐ。
     何となく冷蔵庫の扉を開けてみたけれど、謎のものばかりで、そのまま閉めた。この家で暮らしていた頃は、台所に何があるか、子どもながらに把握していたものだった。
     扇風機がゆうらり、ゆうらり、と首を回している。畳の上に横になってみると、急に眠気がやってきた。
     深く眠り、柱時計が鳴って起きたら、六時だった。まだ明るい。
     グループ結成、レッスン、デビュー。すべて夢だったのではないかと疑った。
     でも携帯電話には、メンバーからの新着メッセージを示すアイコンが光り、東京での日々が今も続く現実だと教えている。
     そっと触れた頬には、畳の跡がついていた。

     裏の畑に出る。背丈ほどに育った茄子の向こうに、じいちゃんの姿があった。
    「何か手伝おうか」
     声を張ると、じいちゃんは振り返った。
    「こんな時間に来ても、何もすることないぞ」
    「そうだね」
    「泊まってくだろ」
    「うん」
     かごに盛った野菜を掲げ、じいちゃんが得意げに言った。
    「今夜はごちそうだ。あ、レモンを蜂蜜に漬けたの、あれうまいぞ。お湯に溶いてな。もう飲んだか?」
    「まだ」
    「母さん出してくれなかったか?」
    「うん。聞いてたら喉渇いた。じいちゃん、作ってよ」
    「ふみは相変わらず人使いが荒いな」
     嬉しそうにじいちゃんが笑う。
     シャツが夕風をはらんでふくらむ。どこにも行けない、じりじり焦っていた昔の自分は胸の底に今もいるのだけれど。
     部屋に上がったら、蜂蜜レモネードを一杯。そう思うだけで不思議と満たされる。
     何もしない贅沢な日が、ゆっくり過ぎてゆく。

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