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シリーズ:春はくちびるから始まる
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春はくちびるから始まる

作者:朝来みゆか

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    十三人から成るアイドルグループ「パルテール」のキャプテン、八重樫奈々(やえがし・なな)は、皆をまとめる自信がない。
    辛辣な口をきくメンバー、倉知汐理(くらち・しおり)に気遅れしている。
    コンサートの後、奈々はキャプテンの座を降りようとするが、倉知が「支えるから」と励ましてくれる。
    将来の夢を語り合い、距離を縮めてゆく二人。
    恋とも友情ともつかない関係は心地よかったが、グループの今後を揺るがす事件が起きて……。
    冬から春へ。痛みと引き換えに、きらきらと輝きを放つアイドルの短い季節を切り取ったガールズラブ・ストーリー。


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    春はくちびるから始まる 53265文字

     

    ●1


     ……どうにかこなせた。会場のファン千五百名が一つになって、盛り上がってくれた。
     舞台袖に引っ込むと同時に、足がもつれる。
     貧血を起こしたときのように目の前が暗くなった。もうがんばれない。くらくらして立っていられない。
     膝を折ってうずくまる直前、誰かがわたしを支えてくれた。かぎ慣れない香りが鼻をくすぐった。
     そのまま腕に頼り、数歩進んで階段に腰を下ろす。まぶたの裏には小さな星がちかちか散っている。
     マイクを外して上半身を伏せ、膝を抱える姿勢で呼吸を整える。吸って、吐いて、吸って――。
     めまいが落ち着いてきたので顔を上げると、壁に貼られた進行表が目に入った。
    『パルテール ファースト・コンサート“初めの一歩は、君の近くで”』
     グループ単独では初めてのホールコンサートだ。披露した曲のタイトルは赤い線で消され、その横に開演からの経過時間が記入されている。「02:03:50」、本編が終了した今は予定していた二時間を少し越えている。
     何週間にも及ぶ準備段階では憶えることが山積みで、リハーサルは厳しくて、頭がいっぱいになって不安だったけれど、当日を迎えてしまえばただ楽しく、あっという間だった。
     客席をあおり、歓声に突き動かされ、本編ラストまで駆け抜けた。残すはアンコールの三曲のみ。
     早く衣装を替えてメイクを直さなきゃと思うのに、わたしの身体は充電切れのロボット掃除機のように動かない。
    「お水どうぞ」
     スタッフから差し出されたペットボトルを受け取る。「八重樫」と書かれたわたし専用のボトルにはストローが挿してあり、キャップをひねることなく飲める仕組みだ。
     舌を潤し、喉を落ちてゆく冷たい水がおいしい。ずっと踊っていたから、体温が上がっているのだろう。
     メイクさんがわたしの額から流れる汗をぬぐってくれる。密着カメラがこちらを向いているのに気づいた。ステージ裏側での表情も録画され、ドキュメンタリー映像としてストックされている。
     ほんの一年前には思いもしなかった。
     ロケバスに乗って移動中、楽屋で出番を待つ緊張のひととき、あるいは振付の先生から叱責を受けるレッスン風景も全て撮影されるなんて。そしてカメラの存在を意識しないほど、自分がこの状況に慣れてしまうなんて。今では自宅で眠るとき以外、常にアイドルとしてのわたしを生きている。たまに夢の中で仕事をしていたりもするから、本当に気が抜ける瞬間はほとんどない。
     わたしたちがデビューしたのは一年前。これまでに三枚のシングルCDをリリースした。それぞれのCDには収録曲の異なる複数のタイプが展開されている。今日のコンサートでは十八曲を披露した。
     階段から立ち上がろうとしたとき、スージーが小走りに近づいてきた。
    「奈々ちゃん、大丈夫?」
     わたしの顔を覗き込む。いつも優しく周囲を気遣うスージーはグループ最年長、二十三歳のお姉さんだ。
     本名の鈴木をもじって、ファンのひともわたしたちも「スージー」の愛称で呼ぶ。背が高く、日本人離れしたくっきりと彫りの深い顔立ち。ゆるく巻いた髪はまろやかな栗色に輝いている。
    「うん、大丈夫」
     わたしは笑顔を作ってみせた。
    「締めの挨拶のとき苦しそうだったから、ちょっと心配になっちゃった」
    「客席を見回したら、隅から隅まで……本当に二階席の上の上まで全部埋まってて、色とりどりのサイリウムがいっぱい揺れてて……」
     光の数だけお客さんが入っている。決して安くないチケットを確保して、このホールに集まって、ステージで歌い踊るわたしたちを応援してくれている。そう思った途端、熱いかたまりが喉につかえ、声が詰まってしまった。
     途切れたMCの続きは、センターポジションのふうみんが引き取って助けてくれた。どうにか声の震えが収まって話のしっぽを取り戻したとき、左右に並ぶメンバーがわたしをどんな目で見ているのか怖くて早口になった。キャプテンなのに情けない。言うべき内容をはしょらずに言えただけ、自分ではぎりぎり合格点かなと思っている。
    「準備できる? もうあと一分くらいだよ」
    「うん」
     向こうでタイムキーパーさんが両手を掲げている。
     汗で腿に張りついたスカートをたくし上げ、衣装が置かれた一角へ急ぐ。カーテンで仕切っただけの簡素なスペースで銀色のトップスを脱ぎ、紺の地に花模様が描かれたTシャツに着替えた。
     遠くから地を這うようなうなり声が響く。
     ――……エール……。
     ――……ルテ……ル……! パ……テール!
     アンコールを期待して叫ぶファンの声が、ステージ裏まで聞こえてくる。先ほど目にした光の海がよみがえり、わたしはまた泣きそうになる。
    「行こう、奈々ちゃん」
    「……パルテールって呼んでるよね?」
    「そうだね、呼んでくれてる」
     スージーがうなずく。
     パルテール、それはわたしたちの名前だ。
    『オ・ソレイユの妹グループオーディション』で選ばれたわたしたち十三人がもらった、大切なグループ名。フランス語で花壇を意味する単語だ。
     十年前にデビューしたオ・ソレイユは四十名を超える大所帯で、一期生にはアイドルから映画女優に転身したひともいる。何度かコンサートの前座を務めてきたわたしたちから見れば憧れの存在であり、芸能界の先輩であり、『北風と太陽』『君の物語はまだ続く』『水平線でランデブー』とミリオンヒットを連発して一時代を築いた伝説の女の子アイドルグループだ。でも世間では、オ・ソレイユはマンネリで飽きた、新鮮さに欠けるとの評価が聞こえるようになった。オソレ民と呼ばれる熱狂的なファンは、彼女たちが四十代、五十代になっても変わらず応援するつもりかもしれないけれど、メンバーがいつまでアイドルを続けるかはわからない。
     後輩であるわたしたちパルテールはフレッシュさを武器に、新たなファン層を獲得するよう期待されている。
     花の命は短いかもしれないけれど、この瞬間に全ての力を注いで、咲く。
    「お客さんが待ってるよ」
     スージーが促し、わたしはうなずいた。
    「うん。行く」
     イヤーモニターの調子を確認し、舞台下手につながるA2通路へ急ぐ。集合場所に着くと、既に他のメンバーはそろっていた。暗い中、全員の様子を把握する。
     ふうみんこと榎本史華は目を閉じ、祈るように両手を胸の前で組んで集中を高めている。きゃしゃな体でセンターポジションの重責を背負って一年、体調管理が完璧な彼女は仕事もレッスンも休んだことがない。年少組の莉子と悠実が寄り添って立つ後ろには、見守るようにマミーナとありさ、上目遣いで前髪を気にする早樹が並ぶ。ダイエットの甲斐なく太ってきてやばいと開演前に打ち明けてくれた五十鈴、何を考えているのかわからないクールビューティーの葵、落ち着きなくまばたきを繰り返し、首をぽきぽきと左右に動かす静佳、両手を頬に当てている佐保美、そして鋭い目でわたしを見すえる倉知。きっと倉知はわたしのMCを採点して、ライブ後の反省会で糾弾しようと考えているに違いない。
    「ごめんね、待たせて」
     遅れたことを詫びるわたしに、いいよいいよ、と佐保美が笑う。
     葵はごくわずかに顔を傾けた。目も口も笑っていないけれど、多分怒ってはいない。感情の沸点が高いのだと、一年関わってきてわかった。常に冷静で無表情な葵はスージーに次ぐ年長者で、通っていた大学を中退してアイドル活動に専念している。
     わたしは小声で気合いを入れた。
    「ではアンコール三曲、張り切って行きましょう。最後までお客様に楽しんでもらえるように……!」
     円陣を組み、全員の右手を輪の中央で重ね合わせる。
     カラーコンタクトレンズとマスカラで彩った瞳が、四方からわたしに注がれている。
     十二人の中で、ただ倉知の視線だけが怖かった。
     色素の薄い瞳でまっすぐ見つめられると、グループのキャプテンとしての資質を問われているようで、乏しい自信が揺らぐ。わたしでは駄目なのかな、と思って息苦しくなる。だからなるべく普段は絡まないように避けているのだけれど、ライブ前は仕方がない。
     そう、今は余計なことを考えている場合ではなくて。
    「パルテール、アンコール行くぞー!」

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    コメント

    • 言葉がとっても綺麗で、女子の心に共感できました。続きが読みたいです。
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    • お声がけありがとうございます!
      春の次の季節も書きたいです。
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