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シリーズ:Hearts
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Hearts

作者:ろく

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    ――でもやっぱり、失敗だったんだろうか?






    登録ユーザー星:10 だれでも星:0 閲覧数:244

    Hearts 2777文字

     




     まともじゃなかった、僕は。三年間、家に閉じこもってた。三年の間、僕は一人で部屋にうずくまってた。外の世界は僕にとってまぶしすぎた。ほんとうにまぶしい。それは僕がただの出来損ないだから。
     僕には生まれつき色素が足りない。アルビノという。皮膚のメラニンをつくる能力がないと本にあった。本当に僕は真っ白だ。てっぺんからつまさきまで。

     小学校四年生までは学校に通っていた。圧倒的にひとりの僕は、ただ孤独というものを習得するためだけに学校へ通っていた。ただ一人、赤みがかった薄茶色の目をしている僕を、「ウサギ君」と呼ぶ音楽の若い女の先生が僕は好きだった。僕らは仲良しだった。仲良しだったと思う。あの日――放課後、音楽室でひとりグランドピアノを熱心に弾いていた先生が、正面に立っている僕に気づいて息を呑み、とっさに椅子を蹴飛ばして立ち上がったあの時までは。

     べつに先生が悪かった訳じゃない。悪いわけじゃないのだが、直後の貼りついたような笑顔を目にしてしまって以来、僕は外に出ることができなくなってしまった。


     僕には大切にしているコレクションがある。心臓の――生き物の心臓を収集するのが僕の趣味だ。部屋を囲む天井までの壁三面の棚は、すべてフォルマリンの壜で埋め尽くされている。欲しいと言えば、父親が調達してくれた。それがどんなルートによるものなのか、合法かそうでないのか、なんてことは僕は知らない。興味もない。
     ただ、魚や蛙、鳥、マウス、猫、犬、赤毛猿のもある――などの動物の心臓が、様々の大きさの壜の中でひっそりと息づいているのをみるのは、愉しい。ほっとする。僕は独りじゃない、と強く思う。少なくとも一人じゃない。

     いつも夢みてた。大地震が起きて、この棚もろとも崩れ落ち、心臓たちの下敷きになって押し潰されて死ねたらどんなにいいだろう。そんなふうにして死ぬのが、僕はいちばんいいんだって。

     まともじゃなかった、僕は。まともじゃなくて、それで満足だった。―――きみが来るまでは。



     中学校の授業で配られたプリントと自分のノートのコピーを抱え、はじめてきみが僕の家へやって来たのは三か月前だった。それ以来、毎週のようにクラス委員のきみは現れて、白い髪の僕をしっかりと見据え、玄関先で授業内容のかいつまんだ説明だけをして帰って行く。それが僕にはうっとうしかった。
     きみの律儀な角ばった文字が並ぶノートの上に目を伏せて、僕は言った。
    「もう、学校には行かないと思う――から」
    もう来てくれなくてもいいよ。担任に頼まれてたんだろ? クラス委員ってたいへんだよね。
    「え?」
    この先も行く気ないからさ、学校。第一、僕には制服が全然似合わない、でしょ?
    自分なりに、精いっぱいおどけたつもりで言った。
    「どうして?」
    そうくるかよ。バカじゃないの、こいつ。
    「あんましこんなこと言いたくもないけどさ、僕、まともじゃないだろう」
    言わせるのはおまえだ。
    「……まともじゃないって、どういうこと?」
    OK。そこまでとぼける気なら、見せてやるよ。おまえがやってるのは偽善っていうんだよ。

     強引に腕をつかんで二階の奥へ連れて行く。
    「僕の部屋だよ」
    ひしめくフォルマリン漬けの壜のなか。鼓動が聞こえてくるだろう? きみの真後ろにあるのは蝙蝠の心臓だよ。
     気分はどう? なんとか言えよ。言えるもんなら。

    「……ここに入ったのは、学校では僕が初めて?」
    僕はうなずいた。当然だ。親だって必要最低限以外は近づかせない。僕だけの世界だもの。
    「じゃあ、その世界にいちばん最初に入れて見せてくれたんだね。僕を」
    それがどうした。
    「ありがとう」
    少し照れくさそうな笑顔とぴかぴか光る目でまっすぐに僕を見ながらきみはそう言った。


     その日を境に、なんだか僕はおかしくなった。
     部屋で心臓たちに囲まれていても、以前のような満ち足りた気持ちや、安心感を得ることができない。閉めきったままだったカーテンを開け、窓の外をぼんやりと眺めることが多くなった。そして気づいた。
     こいつはとんでもない偽善者か脳天気野郎にちがいないと思いつつ、週に一度、きみが来る日を心待ちにしている自分に。

     ひどく震える白い拳を握りしめ、僕は悟らざるを得ない。この冷えきった堅い心臓たちに囲まれて、閉塞した僕だけの王国に君臨しつづけることはもう――
     薄暗い部屋の中、屍のにおいを放ちはじめた心臓たちの息遣いを感じながら膝を抱え、吐き気のように襲ってくる欲求をもはや僕はどうしても追い払うことができない。

     ――こんなところにいずに済んだらどんなにいいだろう――


     一度も手を通したことのない学生服に着替え、僕は姿見の前に立つ。
     白い髪。白い顔。白い眉毛、睫毛さえも。薄茶の目。色素不足の僕は、詰襟の力強い黒に掻き消された瞬間存在自体が薄まる。見えない、僕がいない、僕はどこ?
     急に不安になって机の上にあったキャンプ用の多目的ナイフを握りしめた。無意識に刃先を滑らせた右頬に、赤いすじが伝わっていくのを見てほっとする。

     ほら・僕が・いる。
     もう片方の頬にさっきより力をこめて切り込みを入れる。ずきりと疼く痛みとともにゆっくりと盛り上がって滴る僕の血は、目を刺すように鮮やかに赤い。胸がトクトクと高鳴る。
     こんなにこんなにこんなに、赤いじゃないか。僕は愉快になって悲鳴のような笑い声をあげた。

     もっとそれを確かめたくて、袖をまくり上げ、腕にナイフを当てたとたん、バタンと背後で音がして開くドアを振り返る。掃除機を手にして突っ立ったままの――どうしたの、母さん。顔が真っ青だよ。

    「何をやってるのッ。」
    制服、着てみたんだ。どう?
    「それを…よこしなさい。危ないじゃないのッ」
    制服、似合わないかな、やっぱり。
    「あのクラス委員の子に何か言われたのね? そうなのね?」
    でもね、こうすればおかしくないんだよ。だってほら、色がついて…赤いでしょう。
    「そんなことはどうでもいいの。お母さんは、あんたには傷ついてほしくないの。これ以上つらい思いをするあなたを見ていたくないのよ! 守ってあげるから…お母さんが。だからとにかくナイフを貸しなさい。それも脱ぎなさいっ、ほら…ちょっと…な・何……!」
     
     いやだ。これは僕のだ。
     僕だって、制服着たって、いいじゃないか。ねえ。……どうして僕のじゃまをするの?
     僕は、ここから、出たい。
     どうして―――たすけてくれないのお母さん、力を貸してくれなかったの。
     僕は出たいだけなんだからッ。じゃましないで―――じゃまするなああああああああ。

     

     僕はナイフを、振りあげた。





     西陽の射す窓の外で、子供を呼ぶ母親の声が遠くに聞こえる。
     今こそ僕は、ここから出て行けると思う。
     僕だけの世界は壊れてしまったから。きみと母さんを入れてしまった今―――僕はここから出ることができる。


     胸の奥でトクン、とかすかに鳴る心臓の音。 
     






     でもやっぱり、失敗だったんだろうか?
     











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    コメント

    • 言葉でできないコミュニケーションが暴力からナイフに行くんです、と思いたいのはあまりにも理想主義でしょうか。クラス委員と交わせた言葉が母の絶叫の前に口からも出なかった沈黙の重さに自分も言葉を失います。彼が本当に恐れていたのは、周囲の目ではなく、彼をまともに産めなかった母の負い目や罪悪感ではなかったのではないでしょうか。彼の問いに人生が正当な回答を返すことを祈ります。母殺しの烙印は重いでしょう。しかし誰が母親に一筋の血も流させず生まれてくることができましょうか。世界全てや人の原罪を一人で背負う前に、彼がよき理解者に出会えることを願ってやみません。孤独を捨てるのは過ちではない、と思います。
      • 1 fav
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    • コメントをありがとうございます。
      読み解いていただいたとおりだと思います。母親というものが子どもにどれほどの影響をもたらすのか。楽々と子を傷つけるその力を使って子を楽々と笑わせることだってできる、なぜそれがそんなに難しかったのか――。
      最後の一文を吐くために書いた話です。
      主人公の少年に視点を据えて下さって救われる思いです。感謝です。
      • 1 fav

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    • お久し振りです。
      静かに静かに侵蝕していく絶望と狂気。悠久の孤独。読後感のカタルシスが半端ない。凄いものを読ませて頂きました。
      • 3 fav
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    • おはようございます。梅雨時、いかがお過ごしでしょうか。
      こんな湿度の高い折に、フラストレーションでがんじがらめになったような話に目を留めていただき、有難いやら申し訳ないやらです。コメント嬉しく、感謝致します。
      • 3 fav

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    作者紹介

    • ろく
    • 作品投稿数:70  累計獲得星数:450
    • お読みいただき★をつけてくださった方、ありがとうございます。


      アイコンはねこまんまさんに描いていただきました。



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