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シリーズ:「それ」

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  • 「それ」

    作者:ろく

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    いつの頃からか彼の部屋には、よくわからない正体不明の生き物が棲みついている。



    「それ」 1960文字

     




     いつの頃から彼の部屋には、よくわからない正体不明の生き物(たぶん)が棲みついている。

     冷え込んだ冬の夜のことだ。古い木造アパートの一室、コタツを背負うカタツムリのような体勢で腹這いになり、暖をとりつつ読書にいそしむ彼の部屋のドアがコンコンとノックされた。

     入り口には、全身が黒色の人物らしきものがぼわん、というかんじで立っていた。黒づくめの全身タイツ姿とか、黒色人種であるとかではない。かろうじて人のかたちを保ってはいるが、兎にも角にも深い闇のように黒々とした質感のある影、といったあんばいだ。
    当然顔と思われる部分も含めてだから、どんな表情をしているのかは皆目わからない。何とはなしに部屋の中に入りたがっているようすであった。

     はて、これは幽霊か妖怪のたぐいだろうか?首をひねってみたものの、攻撃性はまるで感じられず、彼はあっさりとその者の侵入を許した。好戦的でなければとりあえずOKなのだ。
     何事もあまり頓着することのない彼の性格上、それ以上の深い追及はなされず、その晩以来「それ」との同居が無関心さでもって受諾された。

     とは言え。
    「それ」は予想外にもマメな働き振りを見せた。散らかし放題だった彼の部屋をてきぱきと片付け、溜まっていた汚れ物の山を洗濯機に放りこみ、水まわりのシンクをピカピカに磨きあげた。アイロン掛けされパリッと糊の効いたワイシャツで会社に通勤するようになった彼を、だれかいいひとでもできたのだろう、と皆が噂した。灯りのついた部屋に帰れば、毎晩のようにあたたかい湯気のたつ食事が彼を待ち受け、干されてフカフカになった布団にこもったお日さまの匂いを胸いっぱいに嗅ぎながら眠りにつく、そんな快さを彼ははじめて知った。

     日中はおろか、夜闇にまぎれて外出することもなく「それ」は日がな部屋にこもっているようであった。星の見える晩にはなぜかもの哀しさを肩のあたりに漂わせつつ、ベランダに出て夜空を仰ぐこともあったが、向かいの家の犬に吠えたてられて早々に引っ込むのが常だった。

     とにかくインターネット三昧といっても過言ではなく、手当たり次第に情報を集めたり、家計簿ソフトに入力したりする程度には使いこなしていた。殊に料理や人体に関するページは興味深いらしく、レシピに載っている食材を手に入れるため彼に画像を示したり、通販で正露丸やオロナイン軟膏を注文してみたり、アダルト系のサイトを大量に巡回したのがばれて怒られたりしていた。

     そんな「それ」と食卓ごしに向かい合い、そのブラックホールのような闇の中に食べ物が次々と吸い込まれるのをながめつつ、正体・性別不明だけれどこいつの、と彼は思う。
    本質は勤勉ではあるがひきこもりがちな専業主婦というところだな、と。

     ある晩、帰宅した彼は「それ」がパソコンのまえで食い入るようにかたまっているのを発見した。覗きこむと、リボン、捲き毛のエクステンション、フリル満載のブラウスにパニエ(ってなんだ?)を仕込んだスカートなぞという珍妙かつ妖しげな衣料品が並ぶ画像に著しく魅了されているらしい。無表情なビスク・ドール然としたモデルがそれらに身を包みポーズをとっている。ヴィヴィアン・ウェストウッド、エミリー・テンプル・キュート、ヴィクトリアン・メイデン、この聞き慣れぬ仰々しい単語がロリータ・ファッションとやらを扱う店の名を意味するものだということが彼にもなんとなくはのみこめた。

     ひどく熱心な「それ」の姿を見ているうち、彼には唐突にその服を買って与えたいという衝動が湧き上がってきた。なぜか「それ」とロリータ服という奇妙な取り合わせが、何かの示唆であるような気がしたのだ。結構な値段の付いたそのデコラティヴな服一式を、適当なサイズにて注文してやる。

     黒レースがこれでもかというほどついた葉牡丹のお化けのようなフリルドレスが届くと、「それ」は小躍りして喜んだ。早速着てみせるのだが――当然とはいえ、本人の深く愛するものがまったく、これっぽっちも、ほんのひとっかけらも似合わない、というのは残酷な喜劇ではないだろうか。鏡に映った事実を認識するや否や、急激に消沈するさまがわかった。だしぬけにドレスを脱ぎ捨てようと「それ」は激しくもがいた。


     似合わない。こんなにきれいで素敵で、着たいものが、自分には醜悪なほど似合わない。

     おそらく悲憤に歪んでいるであろう「それ」の顔の暗黒に向かって彼は言った。

     似合わなくたっていいじゃないか。その服が好きなんだろ? それでOKだ。胸を張って外に出ろ。誰がおまえの黒さを指さして笑おうが、目をむいて驚こうが大丈夫、だってそれはおまえの――
     
     彼は確信をもって言った。
     
     おまえの「戦闘服」なんだから。


     彼の言葉は届くのか?


    「それ」はその場で凍りつき、下を向き、そして泣いた。いやたぶん、泣いた。


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    コメント

    • コメントお邪魔致します。
      ちょっと模様替えされましたね。このお話が好き過ぎてもはや暗唱可能レベルなため、変更箇所はすぐに分かりました。
      実在のブランド名使用について、何処かから意見的なものがあったのでしょうか。ファンタジーとリアルのバランスが心地よかったので、少し残念かも。でも、さすがろくさん、上手くモジられてますね( *´艸`) 
      ラスト「彼」の言葉が加えられています。改訂前のリズムが完璧に理想形だったので、僅かに違和感を覚えました。でも、こちらを先に読んでいたなら勿論こちらの(改訂後の)音感を好んだことでしょう。
      今後も、愛してやまぬこのお作品を繰り返し拝読しに来させて頂きます。
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    • コメントこちらにもありがとうございます。

      …恐れ入ります∞
      有難くて言葉も出ませぬ。目から汗が出てきやがったぜ・

      別のところに出す際に、おっしゃるようにちょこっと改訂したのですが、以前のほうがなじむのは自分も同じです。

      結論。
      ひせみさんのご感想に乗っ取り、元に戻すこと致しまする。感謝です!
      • 1 fav

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    • 実は心密かに、元に戻してもらえたらなあ、なんて思っていました。でも、作者さまが考えあって改稿されたものを、一読者の立場からそんな勝手な要望出せる筈もなく。もどかしい想いをどう伝えたものか悩んだ末の上記コメントでした。結果として馴染んだ元のお作品に再び出会えたことがただただ嬉しい。ぼかした気持ちを正確無比に汲み取り、応えてくださったろくさんに心から感謝です。(ノД`)・゜・。ウレシナキ
      でもこの先、もしも一読者の立場を逸脱した言動がありましたら、遠慮なくご指摘ください。。。あ、ちなみに、目から出るのは汗ではないでしょ。梨汁ブシャー!!!のはず。
      • 1 fav

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    • ややっ、こちらこそ忌憚のないご感想いただく機会を賜りまして誠に有難き幸せ。
      このろくめ、目の確かなひせみさんに励まされる思い、夢見心地ですらありまする。重ね重ね感謝いたします。

      梨汁か…そうかこれはなしじ…(汁目
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    • おおお……コメント失礼します。
      思わず自分の動きが…とまりまして、しばらく余韻に浸ってました…これはもう…、タイトルの時点で、ろくさんの作品だと思ってしまったのは、私はろくさん狂という事ですね、うんうん///wwwこういう作品も、好きです。これは本当に、、、ひせみ様もおっしゃっていますが、ベスト10に入れます、入れさせていただきます。これはもう…この作品に出会えて、この作品を読むことができて幸せです。
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    • コメントありがとうございます。
      通を超えますか、ろく狂…おいたわしや(伏目)。タイトルのみで察知されてしまう、杏さんの眼力の鋭さ。いよいよ気が抜けなくなってまいりました。気に入っていただけましたなら有難いです。
      暑さ厳しき折、どうかお元気でお過ごしください。
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    • うわ。。。何故だろう。
      謎の黒生物が可愛くて、物悲しくて滑稽で、なのに愛しくて仕方ない。
      相変わらずろくさんは意表を突いた物語でヒトの心を揺さぶってくれますね~~( *´艸`)ヤラレタ
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    • コメントありがとうございます。
      ひせみさんの鋭い感受性に負うところがおおきいとはいえ、愛しさを感じていただけたのであればたいへん嬉しく思います。
      関係ないのですが表紙のテンプレートというの、選択できることをたった今気づきました…万事がこんな調子の腑抜けた日々でございます。

      • 5 fav

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    • 何というか、上手く言えないんですけど、この話読んでちょっと泣いちゃった。無関心から始まって、淡々と繋がって行く日々。でも、これって、もう愛ですよね。無条件で「それ」を受け容れる彼の懐の深さ。見た目、表情すら分からないのに、存在全部で気持ちを伝えているのかってくらい豊かな感情表現を見せてくれる「それ」。ホントに切ないくらい愛おしいです。
      ろくさんのお作品のなかでこちらがいちばん好きかも。というか、うぴで読んで来た好きな小説のベスト10に入ります(勝手にマイベストに入れてしまってごめりん梨)。
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    • うお…そこまで仰っていただけるとは。光栄です。…それしか言えねえ。
      なんかもうちょっと、がんばってみようかと思いました。
      ありがとうございます∞
      • 5 fav

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    作者紹介

    • ろく
    • 作品投稿数:70  累計獲得星数:448
    • お読みいただき★をつけてくださった方、ありがとうございます。


      アイコンはねこまんまさんに描いていただきました。



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