upppiは縦読みコミック(タテコミ)・イラスト・小説が無料で楽しめるサービスです!

ようこそ!ゲストさん
シリーズ:動物園にて
閲覧数の合計:55

作品を編集する

  • シリーズタイトル・ジャンルの修正
  • この章を改訂する
  • この章を削除する
  • シリーズに作品を追加する
  • 表紙画像の変更

動物園にて

作者:歌鳥

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    日に日に弱っていく彼に、僕は何をしてやれるだろう……。奇妙な動物と飼育員の、不思議な交流。


    登録ユーザー星:3 だれでも星:0 閲覧数:55

    動物園にて 2836文字

     

       動物園にて

     顔つきだけ見れば、その動物は犬と猫のあいのこみたいに見える。大きさもちょうどそのくらい、大型の犬よりは小さく、大人の猫よりは大きい。肩から伸びる翼を広げると、ぼくの両腕を伸ばしたのとおなじくらいの長さになる。けど、彼が翼を広げたところを見たことは一度しかない。
     毛色はほんのすこし茶色がかった白。背中はほとんど茶色に近い。後ろ足はすこし青みがかって見えるけど、前足はいつでもうす汚れている。翼にはえた羽毛は、背中の毛とおなじ色だ。
     瞳は黒い。まるで人間の瞳みたいに。その瞳はいつでも哀しそうに光っていて、それが彼をことさら神秘的に見せている。
     彼には名前がない。個体としての名前も、種の名前も。発見されたのは一匹だけだから、個体としての名前をつけることに必然性はなかった。種族の名前は、まえに学者のひとがなんとかって名前をつけたけれど、むずかしいラテン語だったから、みんな覚えていない。
     さっきからぼくは『彼』と言っているけれど、実のところ、この動物が雄なのか雌なのかもわからない。一匹しかいないのだから、性別を調べるのも無意味だった。飼育係のぼくとしては、彼がなにを食べて、いつ眠るのか、どこで健康状態を見分ければいいのか、それがわかれば充分だった。
     けど――実をいえば、ぼくはそれすらも知らない。
     ここに来てからひと月あまり、彼はなにも食べていない。毎日餌を与えてはいるけれど、肉も魚も野菜も、彼は口にしようとしない。日に一度か二度、思い出したように水を飲む。それだけ。上司に言われるまま、ぼくは毎日彼に栄養剤を注射しているけれど、効果があるとは思えない。
     彼がいつ眠っているのか、ぼくは知らない。昼間はいつも檻のすみのほうにうずくまっている。夜になって、お客さんの姿が見えなくなると、檻の手前に来て月の光をあびることもある。
     けど、いつ見に来ても、彼は眠ってはいない。ただじっとうずくまって、自分の前足をかじっている。
     ぼくの恋人は彼を「気持ちわるい」と言った。
    「なんだか気味が悪いわ。黙ってこっち見てるだけなんだもん。なに考えてるかわかんない」
     彼がなにを考えているのかは、ぼくにもわからない。もし彼が人間のことばを話せたとしても、きっと彼はなにもしゃべってはくれないだろう。彼の声はすごくきれいなんだけど。
    「それにあの足。なんとかならないの」
     ぼくだって、なんとかしたいと思っている。なんとかしてやりたいと、いつも思っている。そして、そのためにいろんなことを試してみて、いつだって失敗している。
     いつだって、彼の前足は血まみれだ。彼が自分で前足にかみついて、傷つけてしまうんだ。
     飽きることなく、彼は毎日それをつづけている。片方の足が穴だらけになって、血の勢いがなくなりかけると、彼はもう一方の足に牙をたてる。以前の傷がかさぶたになったころ、またそこにかみついて、ふさがりかけた傷口をもういちど傷つける。そうやって、彼は毎日を過ごしている。
     この癖をやめさせようと、ぼくと仲間はいろいろと試してみた。両方の前足を包帯でぐるぐる巻きにしたら、彼は包帯ごと皮膚を食いちぎってしまった。ロープで顎をしばりつけたときには、彼はめちゃめちゃに暴れて、手のつけようがなくなってしまった。そのままだと大けがをさせてしまうから、しかたなくぼくらはロープを解いた。彼は安心したように前足に牙をたてて、それを今日までつづけている。
     こんなことをつづけていて、彼が健康なはずはない。このひと月で、彼の体重は半分に減った。水しか飲まずに、毎日血を流しているのだから、それも当然だ。
     ぼくは毎日、彼のからだを洗ってやる。血まみれの前足もいっしょにだ。ホースで前足に水をかけると、彼は気持ちよさそうに目を細める。これが僕にしてやれることのすべてだ。
     ほかにできることは、ぼくにはなにもない。
     ――一度だけ、ちがう方法を試したことがある。ある日の深夜、だれもいないときを見計らって、ぼくは檻の鍵をあけて、彼を外に出そうとした。翼にはまだ力が残っているから、飛んで逃げようと思えばできるはずだ。ぼくはそう思った。
     けれど、彼はそうしようとはしなかった。ただぼくをみつめて、ふしぎそうに首をかしげるだけだった。まるで、そこに開いている扉が目に入らないように。すぐそこにある自由が、なんなのか理解できないみたいに。
     いくら背中を押しても、彼は動こうとしなかった。しかたなく扉を閉じると、彼は安心したように、また前足に歯をたてた。
     彼はなにもしゃべらないけれど、そのとき彼はひとつだけ、ぼくに教えてくれた。ぼくの無力さを。なにもできない、ぼくがなんの力も持っていないということを、彼は教えてくれた。
     そして今日も、ぼくは彼のからだを洗ってやる。ぼくができる、ただひとつのこと。
     やさしいね、とぼくの恋人は言う。いつ死ぬかわからない動物、いまにも死にそうな動物に、そんなに優しくしてあげるなんて、と。
     ぼくは自分が優しいなどとは思っていない。ぼくは自分がやりたいことをやってるだけ。本当にやりたいことができないから、すこしでもそれに近いことをやってる。それだけだ。
     ぼくたちは婚約している。けど、彼女にはしばらく待ってもらわなくてはならないだろう。彼の世話をしているあいだは、ぼくには幸せな結婚なんてできない。幸せな気分になんて、なれっこない。
     それに、もし彼が死んだら――ぼくは自分で命を絶つつもりだ。こんなちっぽけな命も救えないのなら、ぼくの存在には意味がない。ぼくに生きている価値は、ない。
     客足のとだえる夕暮れどきや、みんなが寝静まった真夜中、彼はときどき、だれにも聞こえないくらい小さな声で、泣く。鳴くんじゃなくて、泣く。そうとしか言いようのない声なんだ。聞いているこっちまで悲しくさせる、かぼそい悲鳴みたいな、泣き声。
     なにをそれほど嘆いているのか、なにがそんなに悲しいのか。どうして、それほど悲しんでいるのに、なにもしようとしないのか。ぼくには理解できない。
     そんな彼を見ていると、どうしようもない苛立ちを感じる。なにもしようとしない彼に対して。なにもできない、ぼくに対して。
     そんな彼を見ていると、どうしようもなく悲しくなってしまう。日に日に弱っていく彼のことを。彼を救ってやれない、ぼくのことを。
     ぼくのそんな気持ちを知りもせず、彼は前足をかじっている。無邪気な眼でぼくを見あげて、かすかに首をかしげる。そのしぐさはまるで、ほら、これがぼくの血だよ、きれいでしょ、とでも言っているみたいだ。
     いっそのこと殺してしまおうか。何度もそう思った。それが彼の望みなんじゃないか、って。
     けど――皮肉なことに、彼の流す血が、ぼくを思いとどまらせている。彼の血が、彼の血の色が、まだぼくは生きている、ほんとうはまだ生きたいんだって、訴えかけているように思えるんだ。
     彼の血の色。不自然な動物には似合わない、ごく自然な色。ぼくの血の色とおなじ、鮮やかな赤。



    ←前のページ 現在 1/1 ページ 次のページ→

    1ページ目に戻る
    ▤ 目次ページに戻る


    お気に入りリストに追加 この作品を応援する

    応援ボタンを押す事で作品の★が増え、作者に「イイね!」を伝える事ができます。

    コメント

    • 意図された表現だったのですね。失礼しました。
      • 1 fav
      • Re 返信

      を押す事で、投稿者に「イイね!」を伝える事ができます。


    • 描写と心情がバランスよく織り込まれて、読みやすかったです。
      後ろから10行目~6行目、段落が重複しているようです。
      • 1 fav
      • Re 返信

      を押す事で、投稿者に「イイね!」を伝える事ができます。


    • 感想と☆ありがとうございます。重複してるように見えますが、ちょっと違うんですよ (^^; 。
      「読みやすい」と言われるのは最高に嬉しいです♪
      • 0 fav

      を押す事で、投稿者に「イイね!」を伝える事ができます。


    作者紹介

    この作者の人気作品

    • 好きにしてあげる
      好きにしてあげる

      └小5のクリスマス。傷ついた私を救ってくれたのは、親友のひとことだった。 女の子どうしの他愛もな

    • 妬かない神様
      妬かない神様

      └受験生の私たちは、ちょっと寂しいお正月を迎えていた。由佳里にお願いごとの内容を聞いた私は、初詣を

    • 飛行日和
      飛行日和

      └ある晴れた日、丘の上で出会った2人。猫族の男の子と、天使族の女の子。ごくありふれた2人の、ちょっ

    • 幻の景色(かげのいろ)
      幻の景色(かげのいろ)

      └中学二年の夏。私はかりんに誘われて、風変わりな博物館を訪れた。最後の展示物を前にしたかりんは、な

    • クライマックスの檻
      クライマックスの檻

      └ 組織の目を逃れ、俺と相棒は安宿に隠れた。テレビでは古いサスペンス映画が流れている――。  現

    小説 ファンタジーの人気作品

    続きを見る